第42話『精霊の恩返し』

この間コオチャは、自分の身の振り方を決めかねていた。

アルシャンに戻るか、新生活を営むか…

事情を考えると、アルシャンに迷惑がかかるかも場合もあると考えている。


フィスナーに相談したところ、意外な返事が返ってきた。

「ワシのところは卒業だ。もうおまえのいる場所はないぜぇ」

フィスナーは遠まわしにコオチャが王から受けた極秘任務の匂いを嗅ぎ分け、彼のスキルアップの為により厳しい条件での訓練を示唆した。

「ありがとう。いろいろとお世話になりました」

コオチャは彼の優しさを感じ取り、素直に受け入れた。


「どこが新転地としていいだろう?」

「そうだなぁ、今 剣豪たちが集まる『レスモンド』あたりがいいと思うぜぇ」

二人は固い握手を交わす。

「おめぇはワシの息子でもあるのだ。その名に恥じぬよう精進せいよ」

「うん…」


コオチャはアルシャンに来てからの、色んな事を思い出していた。

父と初めて会ったこと、祭りを成功させたこと。

団員として任務を遂行したこと。

そして魔王を倒したこと…


「時々、遊びに来ていい?」

「あぁ、おめえが一人前になったらな」

厳しいが、応援のメッセージには間違いなかった。

「結婚式には来いよ。おめえがいねぇと始まらねぇ」

「間に合えばプレゼントを持っていくよ」

「変な気を使うなよ」

こうして二人は一旦別れを告げた。

しかし、テールよりリスネットの体の異常を聞き、一つの決意をしたのだった。


それは、結婚式の当日、まだ日も昇らぬころより進められることになる。

彼は、ある場所へと急いだ。

それは、あの第2宮殿跡地である。


現地に到着すると、朝日を待たずに精神を集中し始める。

かすかな音、匂い、光…、すべての状況を少しずつ感じ取り、ある物が来るのを待ちわびていた。

そして孤独で、命をかけた闘いが始まった。


フィスナーとリスネットの結婚式には、アルシャンの団員と、魔王討伐で共に闘ったルシャナ、シータ、マークそしてコオチャが呼ばれていた。

他の関係者はいない。

それは、リスネットの生存が公になることをなるべく避ける為の処置でもあった。


しかし、一人だけ式の直前になっても到着しない仲間がいる。

コオチャである。

「あのやろう、まぁだ城にいるのか?」

フィスナーがふて腐れていた。

「おかしいな。コオチャは朝早く出かけたと門番に聞いたぞ」

ルシャナが答えた。


マークもその情報を知っていたようで、大きく頷いていた。

「すぐに来るでしょう。彼はなにかでっかいプレゼントを持ってくる気なんですよ、きっと」

「そうね、そうゆう人ねコオチャは」

シータも納得した。

しかし、式は始まってしまう。

この日の為に神父を呼んでいたのだ。


「そろそろ始めましょうか?」

その神父が 時間が来たことを告げた。

皆、コオチャを後で叱る事で合意し、とりあえず式を始めることにした。

サマリアの結婚式は、祝福を受けつつ仲間や家族の間を進み、神父によって夫婦になることを誓う、いたってシンプルなものだ。


二人は正装に身を包み、神父の前に歩み寄る。

からかいながらも、祝福をしてやまない中間達。

フィスナーとリスネットは幸せを感じていた。

病気がちになった彼女をしっかりと支え、神父の前に立つ。


拍手が鳴り止み静寂が訪れる。

「二人はいついかなる時も、助け合い、励まし合い、愛し合うことを誓いますか?」

「はい。誓います」


しかし、その声はフィスナーからしか聞こえない。

リスネットは声が出ていない。

いつも聞こえるかのように語りかけていたのに…、今になってどうして?


神父は明らかに困惑顔をしていた。

こんな式はまずない。

新婦が誓いを立てないのである。


団員達からも、いつもの声が聞こえない為、不安の声が漏れ始めた。

その時、不意にリスネットが崩れ落ち、咳き込み始めた。

フィスナーが慌てて抱きかかえた。

血を吐いていた。

「リッ…リスネット、しっかりしろ!」

彼女は泣いていた。

肝心な時に、自分が一番願っていたその瞬間に、いつもの声が出ない。

この時初めて自分の運命を呪った。


口を開けて何かを訴えているが、いつものようにわかってやる事が出来ない。

リスネットは力なくフィスナーの腕を掴んでいる。

幸せを祝うはずのアルシャンのアジトに悲しみが満ち始めた。


そんな時、年に1回あるかないかの出来事が起きた。

路地裏に立っている建物のせいか、まともに日が当たることが極端に少ない。

しかし、こんなときに限って光が差し込んできた。


そこには 誰もが目を見張る光景が映し出される。

静寂を破るかのように、シータがつぶやいた。

「精霊達が見える…」


それは夢の中の出来事のように感じた。

精霊達は特殊な訓練を受けた精霊使いにしか見えない。

それも下級に属する極一部だけである。

だが、今見えている精霊達は、部屋を埋め尽くすほどの数が集まっていた。

それを見たリスネットは無言で涙を流していた。

とうとう迎えが来たと感じた。


神父は突然の事にひどく動揺し、どうしていいのかわからず混乱した。

そして最悪の言葉を発した。

「愛し合うことを誓いますか?」

再び誓いを問い掛けたのだ。

これには団員達から殺気が起きた。

この状況で、なんてことを聞くのだと…

そんな緊迫した状況を一人の女性が破った。

 

 

 

「はい、誓います!一生誓います!!」

 

 

 

 

 

 

それはリスネットの口から、はっきりとした声として発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡が再び起きた―――

 

 

 

 

 


オォォォォォォォッ!!!

大量に出現した精霊達をよそに、二人を祝福する団員達。

雲により日が遮られ、再びアジトは薄暗闇に包まれる。

精霊達の姿も、同時に消える。


どこからともなく声が聞こえてきた。

(わたし達は精霊界からやって来ました)

(リスネットが呪いを受け、わたし達は彼女の体から追い出されました)

(本当は一緒にいたかったのに…)

(彼女は精霊界の為、どれほど死力を尽くしてきたか、皆が知っているはずなのに…)


(でも、人間界の幸福の杖によって、呪いの原因のイフリート様が蘇りました)

(しかし、精霊界の王は彼女を許してはくれなかった)

(彼女の人望を妬んでいたのかもしれません)

(でも、さっき、一人の人間が王を説得してくれました)


(彼は自分の命を賭けて、王を説き伏せました)

(イフリート様が同調し、王は納得するしかなかったようです)

(リスネット、わたし達はまた、あなたと暮らしたいと望んでいます)

(どうか、わたし達精霊を 嫌いにならないで…)


リスネットは拭いても拭いても涌き出る涙に、大きく頷くことしか出来なかった。

吹かないはずの風が彼女に向かって巻き起こった。

再びアジトは静寂が包み込んだ。


今度はフィスナーがその静寂を破った。

「あのやろう………」

しかし、顔は涙でいっぱいだった。

 

あのやろう事コオチャは、第2宮殿跡地で大の字になって寝そべっていた。

ギリギリの交渉で、精魂尽き果てていた。

「間に合ったかなぁ」


コオチャの隣に佇む影があった。

イフリートである。

彼は組んでいた腕を解くと、親指を立てて突き出した。

間に合ったと信じているようだ。


「リスネットのところに行ってやってよ。彼女が一番心配していたから」

炎の精霊、火炎魔人が笑ったかのように見えた。

コオチャは彼のまねをして親指を立てて突き出した。


すると魔人は、懐から一つの石を取り出した。

それはコオチャの突き出した親指程度の大きさで、ネックレス状になっている。

「私をいつでも呼ぶが良い。おぬしに借りが出来た」

あのリスネットとさえ、ほとんど会話しようとしなかったイフリートが語り掛けてきた。

コオチャは内心驚きつつも、疲れにまかせて自然と受けとめた。


「ありがとう。大切に使わせてもらうよ。でも一回だけにしよう。僕が甘えるから」

魔人は再び親指を立てて突き出し、そして消えた。

リスネットの元に行ったのだろう。

アジトは大混乱になったかもしれない。


そんな風景を想像しつつ彼はそのままレスモンドへ向かった。

(今行ったら仲間に袋叩きに会うかもしれない)

しかし、レスモンドへは王都リクレクルを通過しなくてはならないのだ。

 

僕は待ち伏せに合い、笑いの渦の中で袋叩きにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、ハッピネス・スティックを中心に巻き起こった一連の事件は幕を閉じた。

しかし、この事件はこの後起きる、コオチャの試練の始まりでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1部

~Legend of Happiness Stick~




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