第41話『不穏な空気』
ルシャナ王就任式の後マークは、名実ともに地に落ちていた騎士団復活に死力を尽くしていた。
厳しい訓練の再開や、新たにボランティア活動を始めた。
崖崩れの復旧や、氾濫した川の治水工事等である。
そうした活動の中で地域との触れ合いが進み、各騎士団員の精神力を養い、自然と統率の取れた騎士団エル・ナイトへと成長しつつあった。
騎士団の活動範囲が増えるにつれ、その知名度はうなぎ上りになっていく。
時々現われる山賊団の撃退や、他部族との小規模戦闘にもことごとく勝利し、他国への牽制にもなった。
マークは常に古代武具アテネを装備し、一瞬でも悪の心が芽生えれば即死と言う厳しい条件の中で、人望を集め自らを鍛え上げ、その地位を確かなものへと築き上げていった。
正式な騎士団長となるのも、そう時間がかからなかった。
ルシャナ王就任式の次の日、シータは司祭団と一緒に自由の神殿にて修行するべく旅立ちの準備をしていた。
父と母の思い出が詰まった部屋を片付け、一人準備をしていた。
もう枯れたはずの涙がひとすじ溢れる。
しかし、すぐに涙を拭き準備を進めた。
そんな時ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ドアの向こうにはコオチャが立っていた。
「準備はどう?」
「うん、少しずつやっているわ」
「ふーん」
コオチャは両手を頭の後ろで組んだまま突っ立っていた。
「頑張っている人に頑張れって言うのは嫌なんだけど、お互いがんばろうね」
「コオチャ…」
シータは彼の優しさに心を癒される。
何気ない気持ちを伝えるのは難しい。
言葉はいつも役に立たない。
彼女はコオチャの胸にそっと顔を埋めた。
生死を共にし、何度も奇跡を呼び起こした彼の体は意外と細かったが、胸の鼓動はシータに安らぎを与えた。
静かなときが流れた…
高鳴る鼓動に突き動かされ、シータは顔をコオチャに近づけた。
二人は言葉では交わせない思いを語り合った。
次の日、ルスールが育て上げたと言う司祭団が到着した。
テールより事の経緯が伝えられ、シータを快く向かい入れた。
「ルシャナ様、そしてコオチャ。お世話になりました」
「何を言う。シータにこそ世話になった。次合うときは最高司祭として迎えられることを期待している」
ルシャナと握手を交わす。
彼は昨日、歴史に残る大演説を成し遂げ、既に王としての風格を伴いつつあった。
「シータ、体に気をつけて。たまに遊びに行くよ」
コオチャと握手を交わす。
「本当に来てよ。コオチャは忙しくなると、わたしの事なんか忘れちゃいそうなんだから」
「必ず行くよ。それに、一ヶ月後にはフィスナーとリスネットの結婚式があるじゃないか。まず、その時合えるさ」
「そうね、ルシャナ様との再会も楽しみにしています」
「うむ、元気でな」
「はい!」
これからの厳しい修行を前に、期待と不安を胸にシータは旅立っていった。
一ヶ月後の結婚式での再会の時には、通常は五年はかかる神官としての修行を、ほぼ終えていることに皆は驚くことになる。
フィスナーとリスネットは、ルシャナの演説の時に結婚式をする事を決めた。
「一ヶ月後でいいか?」
(はい)
二人は幸せの絶頂期にいた。
フィスナーは自分の年齢とアルシャンと言う家族の為に、自分の家庭を持つことをやめた。
いや、諦めていた。
リスネットは母国の北の都での束縛から逃げられず、愛しい人に合うことさえままならないでいた。
しかし、魔王復活から討伐にかけて 二人の運命の歯車が良い方向へと傾いた。
フィスナーは若返り、そしてサマリア城の全面援助を得た。
リスネットは精霊王としての地位を捨てて、一人の人間として再出発する事に成功した。
二人は結婚式に向けて、少しずつ歩み始めた。
団員達からも祝福を受け、何もかもが順調に進むかのように思えた。
しかし、大問題が発生した。
リスネットの体調が、一向に良くならないのである。
宮廷魔術師テールに相談したところ、体内に宿っていた精霊達の力が体を維持する為の機能を果たしていた事が判明したのだ。
このままではそう長く生きられないことを悟る。
二人はその過酷な運命を受け入れた。
短くてもいい。
二人だけの生活を歩みたい…
こうして、結婚式当日を迎えた。
コオチャはルシャナ王誕生から一ヶ月、休養も兼ねて城に留まっていた。
ルシャナと国の運営について話し合ったり、城の機能について再確認をしたり、一国民として生活した時に、良い所も悪い所も、どうしてそうなるのか理解しようとしていた。
テールからは魔法について修行を受けた。
が、コオチャには魔法を唱えるほどの魔力が存在しなかった。
しかし、母ニッキーは魔法剣士として名を馳せた。
体の奥底にはその血が眠っていると説明を受ける。
雷神剣の代わりとして受け取ったバスタードソードに、半永久的に作用する雷の属性の魔法強化を行った。
魔法永続期間が長いため、威力自体は高く無い。
どちらかというと、雷神剣になるべく早く馴染む為の処置のようだ。
テールからのプレゼントとして受け取った。
そして、父から引き継いだ事についての説明をうける。
「魔王を最初に封じ込めた時、後ろ盾には更に大きな影があるのではないかと調査を進めていました。」
「ゲートがあったから?」
コオチャの返答に、真剣にうなずくテール。
ゲートは下界の誰かが作成しなければならない。
つまり、誰かが魔王との共闘、もしくは協力関係にあるということになる。
「調査の結果、一人の人物が浮かび上がったのです。」
「それは…?」
これほどの事件を起こした人物に、コオチャでなくても単純に興味がるだろう。
「六大精霊王の一人、剣士ギルクです。」
「なっ…、なんだって!?それじゃ、自分で呼んでおいて自分で倒しに行ったのかい?」
「そうゆう事になります。そして最近、彼の持つブラッディーソードを身近に感じるようになりました。近くに潜伏しているはずです」
「なぜ…?何故彼はそんな事を…?」
「彼はアンスと共にニッキー殿と三角関係にありました。しかし、ニッキー殿は強烈な個人の力よりも、強いリーダーとしてのアンスを選びました。そこへもって自分で呼んだ魔王の力を目の当たりにし、彼もまた、その力に惹き込まれた一人なのだと予測しております」
「なんてこった…。これは一人では無理かもしれない」
ギルクの目的がハッキリしていない。
これは仕方がない。
調査はこれから本格的にすすめる必要があるからだ。
だからこそ、コオチャが一般人に紛れつつ調査をする必要がある。
彼の知見ならば、調査結果に期待出来る。
「正直言って、彼がどんな体勢で何の為に行動しているかさえわかりません。それに、ただ単に復習に終わらず、ジイール、いや、西の都の乗っ取りさえ視野に入れておいて下さい」
「わかったよ。僕も考えうる手段を進めるよ」
「頼みましたよ。新たな情報が入り次第送ります」
魔王討伐だけでは不穏な空気は消し去ることが出来ないどころか、これから受け入れなければならない運命は、過酷で悲惨なものになるだろうと予想されたのだった。
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