第3話『義盗賊と少年』

背の高いロマンスグレーのおっさんと、優男風の少年は今来た道と反対の方へ歩いて行く。


おっさん事フィスナーは、歩きながら色んな事を話してくれた。

「今までダークエルフの里に居たと言うことは、ここの地名すらわからんのかぁ」

そういう事になるね…


「ここは西の都の中のジィールという国だ。ワシは最初にも言ったが義盗賊団アルシャンの団長で、これからアジトに戻るところだ」

義盗賊…?


後から聞いた話しだと、純粋な盗賊は高度な盗賊スキルを用いて悪事を働く。

その盗賊が悪事から足を洗って、一般の冒険者になったのが義盗賊らしい。


「ジィールの首都は『雷神の谷』と呼ばれ、西の都の中心部、聖域バルディエットから伸びる『双神山脈』に囲まれた『王都リクレクル』にそのアジトがある。」

色んな地名が出てきて混乱している…

ゆっくり覚えることにしよう。


「そこの一番聖域に近い場所にジィールの唯一の城サマリア城があり、今は9代目国王アンスラックス様が統治している。」

城は国に一つしかないんだ…


「王に盗賊と義盗賊を区別するべく進言したところ、義盗賊は通称『マスター』と呼ばれ正式に職業として認められた。」

ここの王に認められたって事は、他の国王は認めていないんだね…

つまりは、義盗賊と言いつつ裏切られる事を警戒しているのかな?


「そんな背景にワシ達はいる。そうだ、皆には記憶喪失とでも言っておこう。ダークエルフの里から生きて逃げてきたと言っても信じてもらえんだろう」

矢継ぎ早に話を進める。

おいらはただ黙って頷いていた。


恐怖や痛みに耐えなくていい生活を、初めて見る風景と重ね合わせる。

逃げ切ったという現実を少しずつ実感し、不安から希望を感じていた。

「コオチャのそのレイピア、少しだが魔力を帯びているな」

そうなんだ…


「その切れ味も、なかなかの代物。大事にしろよ。当面はそいつを役に立てるのだ」

「僕に何か手伝えることは?」

初めて聞き返した。

フィスナーは驚いた様子はなく話しを止めない。


「そうだなぁ、とりあえずはワシといっしょに行動し、どんな仕事内容か把握するのだ」

それが手っ取り早いかもね。


「雑用もいくらでもある。働いた分はその見返りをする」

「助けてもらっておいて、そんな見返りだなんて…。僕はあの恐怖の日々から別れられるなら何でも…」

「駄目だ」


フィスナーは歩みを止めて否定し、再び歩き出した。

「仕事は仕事。きっちり区別をつける。それがワシ流のやり方だ」

「………、ありがとう」

二人は休むことなく歩き、語り合った。


気が付くと、僕の目の前には大きな山が近づいてきた。

しかしその山は右に左に果てしなく続く。

「これが双神山脈…」

その果てしなく続く山に圧倒されつつも、最初にフィスナーから聞いたサマリア地方の話を思い出した。


「こっちの山脈は俗に『キルス・リンク山脈』と呼ばれている。」

確か、王都リクレクルは二つの山脈に囲まれていたっけ。


「この道沿いに進めばトンネルがある。そこを抜ければいよいよ王都リクレクルだ」

僕は今まで見たことのない風景にドキドキしていた。

トンネルの先にはどんな風景が目に飛び込んでくるのか?

どんな人々がいるのか?

城はどんな形をしているのだろう?


ダークエルフの里に居たころは、周囲を偵察してくる若手に外の様子を聞くぐらいで、既にその話からの想像をはるかに超える風景を見てきた。

そう言えば、森の近くに塔が出来と聞いたけれど、後で何の為の塔なのか聞いてみよう。


トンネルの入り口の左右には、全身に鎧を着込んだ騎士が一人づつ立っている。

入り口の上部には中規模な小屋が壁面に埋め込まれていて、その中にも何人かの騎士やローブをまとった人を見かけた。

つまり全員が門番なのだろう。


入り口の右側に立っている騎士が話し掛けてきた。

「よう、フィスナー団長。お勤めご苦労様」

「あぁ。ワシが出向くまでもないのだがな」

「おや?行く時には居なかった少年だな?」

「そうだ。途中で助けたのだが、どうやら記憶喪失でな。元に戻るまでワシが預かる。『センター』にも伝えておいてくれ」

「よし、解った。だが、名前はどうする?国民として登録するには名前がないとできんぞ」

「名前はコオチャだ。武器にそう記されている」

嘘である。

「了解だ。手続きを済ませておこう。そうそう、今度飲みに行く約束忘れるなよ」

「あぁ…」

そんな会話が、歩いている最中に交わされた。


騎士達が視界に入らなくなってから、フィスナーは僕達の会話を続けた。

「今のはサマリア城お抱えの騎士達だ。『稲妻の騎士団』、通称『エル・ナイト』と呼ばれている」

国は騎士を雇っているんだ…


「あいつらの地位も高くなったものだ」

フィスナーはちょっと呆れた表情をした。


「それもこれもアンスラックス様が『聖王騎士』だなんて呼ばれているからだが…、これは、まぁ、実力からだからしょうがねぇが…」

聖王騎士の称号って凄いんだ…

いや、聖王騎士と呼ばれる程の事を成し遂げたんだね…


「騎士共に逆らうと、ワシでもその後始末にてこずる。厄介な連中だ。お前も気を付けろ」

地位に甘んじている人が多いってことかな?


「最近は特にその地位に甘んじて勘違いしている輩が多い」

やっぱり…

「若いやつらで根性の座った奴などおらん」

「センターって何?」

「ここはジィールの首都だ。人の出入りも激しい分、犯罪も多い。犯罪者を見つけるにはこの谷の地形を活かし、二つしかない出入り口にさっきのやつらみたいな門番をつけて、王都への出入りを管理している」

ふーん…。


「センターにはジィールに住む国民の全ての情報が集まっている。そこに登録してないと住人とみなされず、登録しないで長い間住みつづけるとスパイや犯罪予備軍としてマークされる仕組みだ」

何にそんなに怯えているんだろう…


「正式に仕事とかで来る奴らは、その期間を最初に申請しなくちゃならん、今の国王が作った法律だが犯罪は減ったよ。面倒だが、平和を維持するにはしかたがねぇなぁ」

「そうかなぁ、治安が悪いと言うことはそれだけ不安要素もあるからじゃないの?」

フィスナーは驚ろいた顔をした。


返す言葉もないようで、一時沈黙が続いた。

「実はな、9代目国王になってから良い話が無い」

「………」

「魔王が聖域バルディエットに現れるわ、王が結婚し子が生まれたと思ったら拐われ、しかも混乱の中で王妃は死んじまった」

彼は悲しそうな表情をしていた。


「その後、王子の大捜査をやったはいいが国庫は空になっちまった。そうなったら国としては税金を上げるしかねぇ。しかし、皆その税金の高さに逃げちまったよ」

フィスナーはそこまで言うと、今までの一方的な話を止めて僕に尋ねてきた。


「そんな時、コオチャならどうする?」

「僕なら税金を当てにしないで事業をはじめるよ」

「自分の金は自分で稼ぐってか?どうやって?」

「例えば、ダークエルフ達に聞いたことがある配達。ある時思ったんだ、手紙の配達とかって専門の業者がやっているのでしょ?」

「うむ」

「結構いい加減らしいじゃん。だから国を上げてしっかりやればいいじゃないかな?」

「いまやってる専門の業者はどうするんだ。食いっぱぐれちまうぞ?」 

「彼らはそのまま雇うのだよ。教育の問題だと思うな」

「なるほどねぇ」


「まだあるよ。出費を押さえるんだ。さっきのエル・ナイトとか、貴族とかさ」

「いきなりは無理だろうなぁ。しかし、良いところを突いていると思うぞ」

「ねぇ、ねぇ。義盗賊団っていろいろな仕事をこなすんでしょ?だったらさ、さっきの配達を王に進言してやってみるのはどう?」

「おっ、いいねぇ、そうゆうの。国もアルシャンも儲かるってか?」


フィスナーの顔は笑っていたが、内心驚きを隠せない。


ダークエルフの里に閉じ込められていた少年の発言とは思えないからだ。


(もしかして、とんでもないもん拾っちまったのかもしれん)


トンネルの出口が近づいてきていた。

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