第4話『アジトとサマリア城』

僕らはキルス・リンク山脈の長いトンネルを抜け、いよいよ王都リクレクルに到着した。

「うっわ~」

僕は言葉を失った。

沢山の人、沢山の家、荷物や人を乗せた色んな生き物達…

「どうだい?王都の感想は…」

腕を組みながらコオチャにそう尋ねたが、もうそこには居なかった。

「おいおい、勝手に行くなよ」

慌てて後を追いかけてきた。


僕は辺りをきょろきょろ見渡しながら、右手に見えた、薄い青色の城を見つけた。

「あっ、あれがサマリア城…」


正面に見える「ニル・フィルス山脈」と今トンネルをくぐったキルス・リンク山脈が中央山岳でぶつかった間に堂々と城がそびえている。

二つの山脈は、中央山岳の聖域バルディエットから海へ向かって、広がるように伸びていた。


「どうだ。でかいだろう」

別にフィスナーが建てた訳でもないのに、だけど自慢したくなる気持ちも分かる。

それは、この城がジィールの象徴でもあり誇りでもあるからだと思う。


「この雷神の谷は古代語で「サマリア」と言うらしい。そのサマリアの谷を代々守護してきたサマリア家の末裔が「自由」と「平和」を掲げて今に至っている」

「そうだ、ワシの仕事の報告に行くから付いて来い」

「うんっ、行く行く!」

無邪気に喜ぶその顔はまだあどけない。


「よし。その前にワシの城に行くぞ」

二人は再び肩を並べて歩き出した。

王都といえども道は狭く入り乱れている。

大通り以外は、大きな荷駄は通れない。

その大通りも両側には無造作に並べられた商品でまともに歩くことは困難な状態になっている。


細い通りは汚いし暗い。

これでは犯罪者を歓迎しているようだ。

そんな路地を右に左に曲がり、古びた3階建ての建物にフィスナーは入っていった。

僕はこれから始まる新しい人生の扉をくぐった。


建物の中は薄暗く少し埃っぽい。

だけど、外から見るよりは広く感じた。

フィスナーは正面の階段を登っている。

「おい、コオチャ。何をしている」

そう言って手招きしている。

僕は吸い込まれるようにフィスナーの後を追って階段を上がった。


「ほぅ」

最上段で腕を組んで待っていたフィスナーが目を見張った。

「その階段、音を出さずに上がってくるとはな」

どういう意味?

「鳴かずの階段と言って、普通に歩くと軋む音がするんだ。最初に音を出さずにあがってきたのはコオチャで二人目だ」

「もう一人はフィスナーなの?」

そう尋ねたら彼は目を細めて笑った。


何も言わず3階へ向かう階段を登り始めた。

そしてたった一つしかない扉を開け、中に僕を誘った。


どっかとソファーに腰を据えると、テーブルの上にあるビンの蓋を抜き、水を飲み干した。

テーブルを挟んだ反対側のソファーに座る。


フィスナーはそんなコオチャを見て考えた。高い身体能力や考え方、発想。

しかし当のコオチャにはなにも言わない。

黙って見守ってみたいと思った。

何を言い出すのか?

何をやらかすのか?


こいつの考え方一つで、この国の運命が左右する。

そんな未来が直ぐそこまで迫っている。

そう確信出来る根拠が、フィスナーにはあった。


城に提出する書類をテーブルに広げ、必要事項を埋めていく。

今回の任務の成果と、今後の課題についてだと説明してくれた。

書き終えて一息入れると、短めのマントを取り出し、

「城に行くぞ」

そう告げて部屋を出た。


僕は浮き足立っていたけど、急いで後を追う。

大通りに出て真っ直ぐ城に向かった。

さっきは遠いと感じていたサマリア城だけど、今は意外と近いところにあるように見える。

道端の雑貨を避けつつ、左右にそびえる山脈が狭まりつつあるその先に向う。


「よう、団長。景気はどうだい?」

「団長、新しいの入荷したぜぇ」

いろんな店の主人から声をかけられた。

だけどフィスナーは手を挙げて答えるだけで通りすぎた。

多分付き合いきれないのだろう。

税金が上がったせいで物価も上昇している。


少しづつ城に近づくにつれて、建物の種類が変わってきた。

みすぼらしいものや、派手なものは無いが、大きく広い建物が増えてきた。

店は無くなり、公共施設が並んでいく。


そしていよいよ城門に到着した。

目前にある高い塀は、右側のキルス・リンク山脈から左側のニル・フィルス山脈まで続いている。

その中央には、見るからに重く丈夫そうな鉄色の扉が閉まっている。


門の両側には、小部屋が塀の一部として併設されている。

その中には山脈トンネル入り口で見たエル・ナイトが数人常駐しているようだ。


フィスナーはおもむろに門番に近づく。

遅れないように後を追う。

「アルシャン団長、フィスナー=ギルだ」

「うむ、ご苦労」

「今日は、先日王より依頼された『サマリアタワー』での警備訓練の報告に来た」

「了解した。連れの方は見なれないが?」

「ワシの養子だ。入れないのか?」

「いえ、そういうことなら王にお伝えする…、入城を許可する」

そう言われてバッチを渡され胸に着ける。

フィスナーは面倒くさそうに腰のあたりにつ着けた。


てっきりこの大きな門が開くのかと思ったら、騎士が詰める小屋を通され、そこから中に入った。

中にも数人のエル・ナイト達が待機している。

しかし士気は低いように感じた。


話に夢中になっていたり、装備品の手入れをしたりしている。

そんな彼らを横目に数十メートル先にある城に向かう。


門と城の間には幅の広い堀がある。

深さもかなりあるようだ。

「これは貯水庫も兼ねていて聖域バルディエットにある『フェールラーグ湖』から流れ出る水を一時的に貯めている。ここから王都リクレクルへ水を供給するのだ」

堀を渡る為の橋の上で、フィスナーが説明してくれた。

おいらは無用心と思いつつ城内に入った。


客人専用通路を、警備兵やエル・ナイト達とすれ違いつつ大広間まできた。

一般面会時間が終わりに近づいているせいか人は少ない。

僕達の前の人は、税率を下げるよう懇願していた。

その人が去ってから暫くして、フィスナーが呼ばれる。

「アルシャン団長、フィスナー殿」

フィスナーは待合室の椅子から立ち上がるとマントを脱ぎ、「行くぞ。」と言いつつ襟元を正し、赤い絨毯を進んでいく。

僕はそそくさとついて行った。

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