第5話『王との面会』

赤い絨毯は壁沿いに右に曲がり、広間の中央を王の前まで続いていた。

「よう、フィスナー団長」

「アンスラックス様、暫くぶりです」

肩膝をつき深々と頭を下げた。

僕は見よう見真似でフィスナーの真似をした。


王は痩せている方だが、わずかに見える肉体は筋肉質で、背はあまり高くない。

声は大きく、この広間中に響き渡っていた。

彼の後ろには、装飾は施されてないが一目で修羅場をくぐったと感じさせる一本の剣が鞘ごと床に突き刺さっていた。


彼の向かって右側にはローブを纏った長身の男が立っていて、僕を注視していた。

たぶんフィスナーが言っていた宮廷魔術師のテール様だろう。

フィスナー同様右目を眼帯で覆っている。

だけど眼帯を固定しているはずの紐は、空中を浮遊してテールの頭を一周していた。


本当ならば王に向かって左側には、ジィール最高司祭が付き添うはず。

今は候補を絞っている段階らしい。

誰もいない。


広間の両側にはエル・ナイトや警備兵、その他事務方が数人いる。

僕達が最後の訪問者らしく、一人また一人、この広場を抜け出ていった。


「首尾はどうだ?うまくいったか?」

「はい。今回は外部からの攻撃に対して守備の不備をチェックしてまいりました」

「うむ」

「これにて一応の想定されるすべての攻撃からの訓練を終了しました。後は定期的に訓練を重ねることが大切です。詳細については報告書にて提出いたします」

「よし。月に一度やるよう指示しよう」

王はそう言うと、僕に視線を移した。


「隠し子か?」

そう言って豪快に大笑いした王は、想像していたのと、ちょっと違う印象を受けた。

「帰り道にて魔物に教われていたのを助けました」

「良かったな、少年よ」

「はい」

王の顔を覗き込んだ。


「いや、助けてもらったのがフィスナーだったのが良かったと言ったまでよ」

「承知しています」

王は満足そうに頷いた。


「団長、少年をどうするつもりだ」

「はい。しばらくはワシの元で預かろうと思っています」

「そうか。少年よ、長い付き合いになりそうだ。名をなんという?」

「コオチャと申します」


僕は見逃さなかった。

王の微妙な気配を…。

喜びと悲しみと殺気が交じり合っている。


王は沈黙の後、フィスナーに問いただした。

「団長…。俺をからかっているのか愚弄しているのか答えよ」

フィスナーを見る目は完全に殺気立っている。


「ワシは真実を伝えたまでです」

「貴様ぁ!」

王は椅子を蹴飛ばし立ち上がった。

見かねてテール様が間に入る。

「アンス。誰も嘘をついてはおりませぬ」


昔の呼び名に反応したのか、王は静かに椅子を元に戻し腰を据えた。

「むむぅ。すまなかった、コオチャよ」

「いえ。なにか不吉な名前なのでしょうか?フィスナーに嘘は言ってはいません。何か不都合があれば改名します」

そう言って王の目を覗き込んだ。


彼も僕の目を覗き込んでいる。

「よし。驚かせたついでに昔話をしよう。少し時間をくれるか?」

「はい」

フィスナーは静かに頷いた。


僕らは立ち上がりそうになっていた姿勢を元に戻し、王の話に耳を傾けた。

「わたしには行方不明の息子がいた。産まれて間もなく…、情けないことに拐われてしまった」


「その時、その息子の母親、つまりわたしの妻は、出産後間もない体で抵抗し、殺されてしまった」


「息子につけた名前は…、コオチャ・シーク…」

しばらく広間は静寂に包まれた。

最後の訪問者、それも馴染みのアルシャン団長とあって、この話を聞いているものはいない。

時々事務方が部屋の端を通りすぎている程度だった。


王は黙ったまま僕らを見ていた。

あまりの静寂に耐えきれず答えた。

「僕は物心ついた時からダークエルフの里にいました。その他のことは解りません…」

「うむ、よい。最後まで聞きなさい」


「………」

「その後、王という立場を忘れ息子を探し続けた。そして危険区域以外では見つけられなかった」


「意を決して、ダークエルフの里に向かった時、魔物達の反抗にあい、つい私情でこの『神器』を使ってしまった」

「?」

「わたしの持つ神器は、誓いを立てなければならない。その時にわたしは正義の為にこの聖剣「エクスカリバー」を振るう事を誓った」

「………」


「しかし、その誓いを破ってしまった。剣は後継者に渡すまで契約者にのみ扱うことが出来る。だがその間、誓いを破った呪いをかけられた。これは後継者に譲っても死ぬまで続く呪いだ」


王は一息いれた。

「わたしにかけられた呪いとは、血縁者とは一生触れ合うことが出来ないという物だ。触れれば死ぬ」

「!!」


「だからわたしは、その後に生まれた息子ルシャナにも触れたことはない。そのルシャナの母も出産後死んだ」

僕はいつのまにか泣いていた。


「あまりに悲しすぎます…」

「これも運命よ。当に諦めたわ」

フィスナーもテールもうつむいたまま無言だった。

それはあまりにも辛い試練だからだ。


「しかしな、コオチャよ。決して悔いは残してない。ルシャナにも母親の顔も見られずに育ったのは辛かっただろうが、わたしは自分の行動に否定はしない。笑うなら笑えばよし」

「親が子を思う気持ちは人間でもダークエルフでも王様でも、それは皆同じだと思っています」

「うむ、そう言ってくれるか…。もしコオチャがわたしの息子ならどんなに嬉しい事か。この場で触れて、わたしがこの世から消し飛べば本物と解るのだが…」

「もし、王様が父親ならそれは出来ません…、あまりに会えた時間が短すぎます」

「冗談だ。気にするな。もう一つ確かめる方法はある」


僕とフィスナーは同時に顔を上げた。

「それは、母親ニッキーの使っていた神器『雷神剣』を扱えることだ」

それは…


「この剣は一子相伝。血のつながりがあれば、無条件で扱える」

僕はドキッとした。


「ただし、剣は意思を持っていると言う。その意思に自身の能力を認められなければならない。更に言えば、自在に扱うためには、あの剣に見あった技量が必要とも聞く。この場合の技量とは、技術力、精神力など、様々な要素があるだろう」


「もし、技量の足りない後継者が手に持てば、たちまち体は精気を吸われ死に至ると伝説には残されている」

「………」

「妻ニッキーは、確かにそれら全てを乗り越えておった…。あの剣技は鬼神の如く…、いや、何でもない」

そこまで話すと王はため息をついた。


「今までの話、気にするな。わたしの戯れじゃ。聞き流しても良いぞ」

「貴重な話、有難うございました」

「うむ」

そして再び静寂が訪れた。

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