第1章『逃亡戦士』

第2話『逃亡剣士』

僕は逃げている。

ひたすら走っている。

ここがどこかも解らない。


だけど 『ダークエルフ』が追いかけてきていることは知っている。

ダークエルフとは『エルフ』が魔界に魂を売り、その見返りに強大な力を得たとされる亜人達だ。


僕は生まれ育った村から抜け出した。

その村は、村外の人達から恐れられている『ダークエルフの里』だと言う事は知っている。

なぜ僕がそこに産まれ育ったのかは知らない。

何故なら、僕はダークエルフではないからだ。

物心ついたその時からそこで生きてきた。

そもそも自分がダークエルフじゃないと知ったのも、随分後のことだ。


自分以外はダークエルフしかいないその村で、皆に見当違いだったと蔑まされてきた。

理由は、村長宅に保管されている『伝説の剣』の封印を解けなかったかららしい。

らしい、というのは正当な理由が見当たらないから。

どうやら僕は、伝説の剣とやらの封印解除の為だけに生かされている。

しかし、厳しく辛い待遇に我慢できず、数少ない理解者の援助も得て、ついに逃亡した。


持ってきたものは、いつもつけさせられていた青い長いバンダナと、二本のレイピアだけ。

ひたすら走るその森の木々の上には、目印となる綺麗な月が浮かんでいる。


本当は暗闇が襲う、月の出ない日を選びたかったのだけど、そんな夜はダークエルフの力がより一層強まるし、月という目印がないとこの森を抜けることは出来ない。


そう、ここは後で知ることになる『暗黒の森』。

人どころか他の魔物ですら近寄らない超危険区域。

そこを僕は奇跡的にも脱出することに成功した。


皆から蔑まされた自分だからこそ、監視の目も緩んだのだろう。

僕がいなくても彼らに影響はないはずだ。

伝説の剣の封印も解けなかったんだから…

いや…、抜くわけには…、いかなかったんだ…


森を抜けた頃には、少しずつ涌き出る安心感に包まれてくる。

その森が遠くなった頃には、疲労もピークとなり意識を失い倒れてしまった。


「ワシの名は『フィスナー=ギル』。48歳。ちょっとお茶目な、自称「マスター・オブ・マスター」

倒れていた僕に声をかけてくれたらしい。

「決して怪しくないぞ…、本当だ」

「……………」


怪しい叔父さんに起こされたのだけれど、いきなり自己紹介を始めてきた。

僕は動揺して返す言葉もない。

何せ、ダークエルフ以外、会った事もないからだ。


その叔父さんは長髪で、右目は眼帯を付けていて、身軽な軽装、柔らかい物腰をしている。

周囲をキョロキョロ見渡して話を続けてきた。

「う~む、疑っておるな?ココだけの話、ジイール…、いや西の都唯一の義盗賊団『アルシャン』の団長なのだよワシは。」

そんな話をされても何のことか理解出来なくて、ほとんど耳に届かなかった。

だけど少しずつ落ち着きを取り戻してきたことを実感していた。


「僕は長い間倒れていたの?」

彼、フィスナーは大きくゆっくり頷いた。

そして僕の目を覗きこむ。

「それより…、何か訳アリ…だな?」

今度は僕が小さく頷いた。


彼はちょっとの間、空を見てから大きな手を差し出してきた。

「ワシのところに来るか?」

フィスナーの目は、いつのまにか日が高く登り、彼の後ろに広がる空色をしていた。

彼の精一杯の笑顔を僕は信じた。

「うんっ!」


彼の差し出している手と握手をしようとして、すぐに引っ込める。

刹那、そこには矢が勢い良く通りすぎていく。


「もう来たのか…」

自分が想像し得る、最悪のシーンを確認した。

奴がいた。


僕の指導員と言いつつ、虐待の日々を繰り返してきた張本人。

「この、クソガキ!」

奴ことダークエルフの「ムド」は、夢にまで見る恐ろしい目つきで睨んで、フィスナーが居るにも関わらず、真っ直ぐこちらに向かって来ている。

フィスナーは僕とダークエルフを交互に見ながら、

「訳はアレか?」

と、ダークエルフを親指で指差した。


力強く頷くと、彼は僕の手を取って、そして抱きかかえて走り出した。

「フィ、フィスナー…」

まさに風を切って走った。

僕はフィスナーを信じて、彼の腕の中にうずくまった。


ダークエルフと言えば、闇夜に紛れて集団で少数を襲い、金品や食料を奪うことを得意とする。

だから、真っ昼間から1対1で戦うことになるなんて想定していない人の方が多いと思う。

しかし、されどダークエルフ。

ヒューマンよりも俊敏で、腕力こそ劣るかも知れないが、魔法を扱うことにも長けていることを考えると、例え1人とは言え、戦闘は避けるべきだろう。


だから、ファスナーが一目散に逃げたのは正解だ。

恐らく、近くに仲間が居るのだと思う。

最悪そこまで逃げ切れれば良い。


彼の体が右に左に動くたびに矢が通りすぎる。

そんな状況の中、僕はあの辛い日々を思い出すと、体が震え出し涙があふれてきた。

「……………」


するとフィスナーは突然ピタッと止まりと、僕の体はふわりと飛び、地面に叩きつけられた。

「………、フィスナー?」

何が起こったのかまったく理解できない。


彼は今まで見せたことのない、厳しい眼差しで僕を見ている。

「ワシは泣き虫と弱虫が大嫌いだ。そんな奴は助けない」

きっとすがるような目でフィスナーを見ていたと思う。

「泣く前に戦いな!」

そう吐き捨てるように言うと、プイッと横を向いたまま動かなくなった。


さっきは自分だって逃げ出したくせにと言いかけたが、容赦なく周りに矢が刺さる。

直撃するはずの矢だけをヒョイッと避けると、フィスナーは「ほぅ」とだけ言った。

奴の動向を見ながら、ゆっくり立ち上がる。


ダークエルフは僕を睨んでいる。

その威圧感に、過去の出来事が思い出され、弱い心が頭を支配しようとする。

フィスナーが叫ぶ。

「坊主!気合負けするな!」


その声にすらビクッとしたけど、ようやくココまで逃げてきたという現実と、もう帰りたくないと思う心の中には、


(憎しめ…)


と、自分じゃない誰かが語りかけた。

増悪が込み上げてくる…。

殺意が高まる…。


今度はダークエルフが怯んだ。

今までの僕からは感じたことのなかったからだろう。

自分自信が初めて感じたのだから…


2対1という不利な状況を改めて察知し、退路を確認したその隙を見逃さなかった。

「……………!!」

10歩という距離を一瞬でつめると、左右の腰に吊るしてある2本のレイピアを抜き様に左右に切り払った。

「ギャアァッ…。」

言葉にならない悲鳴を残しダークエルフは倒れた。


怒りから開放されると急に悲しみが襲い、両膝を地面につき、レイピアを手放した両手で顔を覆った。


胸が苦しい…

フィスナーが最初に会ったころの顔でそっと近づいてきた。

「よく頑張った…」

彼はそっと肩に手を置いた。


「悲しいんだ。人を切る事がこんなに悲しいだなんて…」

フィスナーは驚いていた。

戦わなくては生きていけないこの時代に、人を切って悲しいと答えたのは、目の前の僕が初めてだったのだろう。


(こいつは優しすぎる…)

彼はそう思い、そして自分に言い聞かせていた。

「見事な初陣だったぜぇ。それに今、この世の中を生きていくには、戦いに勝利する以外にねぇよ。その悲しみを乗り越えるんだ」


僕はその言葉に顔を上げて答えた。

「じゃぁ、戦わなくていい世の中にすればいいじゃん」

あきらかにフィスナーは驚きを隠すことが出来ないでいる。


「そうだな…」

フィスナーはひしひしと感じたていた。

僕の内に秘める大きな決意を。


「わしのアジトに来るかい?」

「…うん…、そうだ、まだ自己紹介が済んでなかったね」

「おぉ、そうだった」

僕は立ち上がっって、これから世話になる彼をまっすぐ見つめた。


「僕の名はコオチャ。名前しかわからない。両親も、生まれも…。解っているのはダークエルフ達に育てられたと言うこと」

フィスナーはコクリと頷いた。

そして何かを察していた。


「僕は今日から生まれ変わるんだ。いつまでも泣いてないで…」


そう言ってニコッと笑ったコオチャを見てフィスナーは心で泣いた。


ワシが必ず道をしるしてやろうと…


行く当てもないこの少年に…

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