第68話『教育機関』

護送車は窓がなく、重厚な鉄箱で覆われた荷台を馬が曳いている。

『馬』と表現しているが、馬に似た動物である。

走ることより曳くことに特化した種類で、重量物を運搬する際には重宝される動物だ。

その車がダウンタウンに向かって王都を走る。

民は直感した。


(噂は本当だった。王子が助けてくれたのさ)

(まだ、完治してないお体で?)

(シーク王子様は、無事ダウンタウンを制圧したのだ!)

(あれは死体を運ぶのだよ。あまりにも惨い状況の時に、あの箱型の護送車が出撃するのさ)

(シーク様は強いねぇ。騎士団1個小隊が手に負えなかったのにねぇ…)

いろんな噂が広まった。


ルーヴルが運転する護送車は、隣に儀盗賊団アルシャン団長を乗せるという、異様な雰囲気でダウンタウンに向かっている。

そして、キルストンネル前を過ぎ、仮設住宅前にさしかかると、住民達が駆け寄ってきた。


「フィスナー殿、シーク様は・・・!?」

「あぁ、無事だぜぇ。心配すんな。これは死体を運ぶのさ」

「すごい音がしたものねぇ」

「これで安心できる」

「早く我が家に帰りたい…」


その場に泣き崩れる者も居た。

不安もあっただろうし、抑え切れない苛立ちや、慣れない生活にストレスも溜まっていたのかもしれない。

そんな住民達の前を静かに通り過ぎていく。


廃墟の中を突き進み、戦闘場所に差し掛かる。

そこでは若者達が、夢中になって話し込んでいた。

Jが護送車を見つける。

「おい、来たぞ」

話をやめて、皆が立ち上がる。


「ウルフチームは最後の審判を受けます。腹はくくっておいて下さい」

リーダーのシューは静かに話した。

最悪の事態を覚悟しているようにも見える。


「ルシャナは、ああ見えても理解力の高い人だよ。心配ないさ」

コオチャはさらりと答えた。

ウルフチームの面々は、その言葉を信じたのか、何も言わず護送車の中に身を投じた。


キィ~~~ッ・・・ガシャン!

重厚な鉄扉は、鉄同士の擦れる音と共に、派手に閉まった。

「ちょっと狭いが我慢してね」

コオチャは聞こえているかどうかも分らないが、外から中に声をかけた。


コンッ

中から了解の返事なのか、鉄扉を誰かが叩いたようだ。

コオチャは勢いよく護送車の荷台に登った。

そこにあぐらをかく。


「シータはルーヴルと一緒に乗って」

さすがにコオチャの隣は怖かった。

それに死体を運ぶ設定で、その上に乗るのは個人的に出来ないと感じていた。


「ワシは先に城に行くぜぇ」

フィスナーがそう言って駆け出す。

家の壁や出っ張りを利用し、いつの間にか廃墟の屋根の上に登ると、その身を隠した。


護送車には運転者を含め、二人しか乗れない。

どのみちこの車は目立つから嫌なのだろう。

職業柄からみても、無意味に顔を覚えられるのはあまりよくない。


「では、出発します」

そう伝えると、ルーヴルは静かに手綱を振る。

ピシッっという音と共に馬がゆっくり歩き出した。

2頭の馬はよく訓練されているようで、呼吸を合わせ、ゆっくりと進みだす。


廃墟を出ると、仮設住宅の住民達が人垣を作って待っていた。

その中央付近に来ると、コオチャは不意に立ち上がった。

その気配を感じルーヴルは静かに護送車を止めた。


「今まで、心配をかけて済まなかった。まずは報告する!無事ダウンタウンを制圧した事を!!」

コオチャが右手を掲げた。

オォォォォォッ!!!!

一斉に歓声が上がる。


護送車の中では、複雑な心境でその声を聞いていた。

「そして、制圧前の約束どおり この地を王都再生計画の第1段として教育機関の設立を宣言する!」

ワァァァァァァァァァァ!!!

群集から拍手と歓喜の声があがった。


ウルフチームの面々は、彼の計画がすでに戦闘前から実行されていたことに驚く。

(プロジェクトは、計画が5%、実行が95%と言われている。シーク王子はタイムリーにこの事を進めた。まさにこのタイミングしかない…)

シューは今回の反旗に関して念入りに計画を立て、その難しさに頭を悩ませた事もあった。


だからこそ、シーク王子の今回の手腕は見事というしかない。

それは、後からこの事を言えば、少なからず不満の声が出るだろう。

不安要素をダシに交渉したのは些かずるいかもしれないが、丸く事を進めるにはこうする以外にはない。


シーク王子の話を聞くと、彼が約束したことは、ダウンタウンの消滅に変わり、一人ずつ土地を提供するということだった。

一人1㎡程度とし100人で100㎡、ここには少なからず200人~300人はいる。

もちろん1世帯に数名の家族が居る訳で、老若男女合わせての話だ。

つまり4人家族なら4㎡となる。


微妙な数値だが、この辺は王都でも中心から離れているせいもあって、1軒あたりの敷地は結構広い。

庭付きは当たり前の為、条件的には厳しくない。

コオチャはこう説明していた。


「ダウンタウン制圧の際には、一人ずつ土地を提供していただきたい。そこには無料で習い事が出来る、国が運営する教育機関を作りたいんだ」

この事にはいろいろと質問が出た。

「王子様。教育機関といっても、どのような事を実際に習うのです?」

「文字の読み書き、計算、護身術を考えている。もちろん要望があれば検討していくよ」

「土地を提供といっても住むところが無くなって…」

「いや、一人に対し、手を広げた程度で良いです」


皆は両手を広げはじめた。

「こんな広さで大丈夫ですか?」

これには逆に住民達が不安になった。

コオチャは大きく頭を縦に振る。

「十分です。その限られた土地を有効に使わせていただきます。そして、西の都で最初の教育機関を発足するのです」


この『西の都で最初の…』が、殺し文句になっている。

住民達は自分達が協力しているという満足感を覚え、これだけの人数の中から不満の声を消し去ることに成功していた。

「シーク王子様。宜しくお願いします。約束どおり、この土地の再生を始めてください」

このあたりの代表者はそう言って深々と頭を下げた。

コオチャはサマリア式の礼をとる。

「このシーク、確かに引き受けました。後日使者を走らせます。具体的な計画を一緒に考えましょう」

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