第23話『闇の種族』

「みんな…、ありがとう…」

リスネットが見せる初めての弱気。

「わたしは 立場こそ王子だが、実際何の役にも立ってない」


ルシャナが唇を噛みしめる。

「そんなことないさ。役に立つかたたないかじゃなくて、やるか やらないかの問題だと思うよ」

コオチャが切り返す。

ルシャナは黙ってコオチャを見ていた。


「わたくしも、一言いっておきたいことがあります」

マークが手を上げた。

「わたくしは厳しい訓練を自分にかしてきました。そのおかげで、現役で騎士になることができました。しかし、その厳しすぎた訓練のせいで膝を壊してしまいました。長時間戦闘を続ければ、間違いなく膝は破壊され、立つことも出来なくなります。しかし、わたしはこの膝が壊れようともルシャナ様や皆さんを助けたいと思います」

「そんなのは駄目だ」

コオチャが切り返す。


「何故ですか!これはエル・ナイトの精神です!」

「違う…、そんなことより目的の達成のほうが大事だと思うよ。騎士団の中にいるときは、勿論エル・ナイトの精神は大事さ。でも今は違うんじゃないの?」

「………」


マークはルシャナを見た。

ルシャナは無言で見つめ返している。

一時の沈黙の後マークは納得したようだった。

「偉そうな事言ってるけど、実は僕もみんなに言うことがあるんだ」

全員が注目した。

一番謎めいているのはコオチャなのだ。


「僕は化け物なんだ」

「おいおい、何を言ってるんだ?いきなりよぉ」

フィスナーが茶化した。

しかしコオチャは真顔で続けた。


「僕はいつもバンダナしてるでしょ。額には古代文字が刻まれているんだ。それはどうやら異次元とのゲートになっているらしい。そして、このバンダナはそのゲートを封印するためのものなんだ」

仲間たちは息を呑んで聞いていた。

どう言い返せばいいのか、見当すら出来ない。


「僕が生まれた時に、出産に立ち会った人たちのうちの、助産婦二人が僕の攻撃で死んでいるらしい。ダークエルフの里では、興味本位でバンダナを取った者が5人死んでいる。今までは自分の体力が少な過ぎるおかげで、また封印することが出来たみたい。しかし今は…、どうなるか見当もつかない…」

「封印が解けているときの意識はないの?」

シータが尋ねた。


「ないよ。気がついたら人が死んでいた…。もし、今回の戦闘中にバンダナが外れたりしたら…、その時は躊躇なく殺してほしい」

「それは出来ません」

今度はシータが言い返した。


「これは冗談で言ってるんじゃないよ!」

「わかっているわ」

「体力が尽きるまで攻撃しつづけるんだよ?しかも、雷神剣を手に入れた…」

「わかっているわ」


「じゃぁ、何でそんなに冷静にしてられるんだ!」

コオチャは逆切れしていた。

しかし、シータはもちろんほかの仲間も特に変化はない。


「おめぇが化け物になってもよぉ、おめぇには変わりはねぇよ。そん時はそん時で何とかすればいいさ」

「そうだ。だからといってこのまま引き下がるようなコオチャではないだろう?」

フィスナーやルシャナが切り返した。


「もう、あたいらは運命共同体よ。何が起ころうとも驚かないわ。そう言ったのはあなたよ」

「ルシャナ様はもちろん、みなさんも必ず私めが守って見せます」

「わたしが母から受け継いだ博愛の精神で、皆さんの心も癒してみせます。技術が足りなくても必ず救って見せます!」

6人の気持ちが一つになった瞬間だった。


何とも言いようのない心地よい空気が充満していた。

しかしここは暗黒の森。そんな空気すら一瞬で吹き飛ぶところ…。

誰かが近づいてくる気配を感じつつあった。

 

ザクッ…、ザクッ…

その足音はゆっくりと、確実にこちらに向かってきている。

コオチャ達もゆっくりと戦闘態勢にはいる。

しかし、足音は片足を引きずっているようにも聞こえる。

コオチャはフィスナーを見ると、彼も気づいているようだ。


「怪我人かもしれない」

コオチャは小さな声で伝える。

息を潜む―


しかし、現れた女性はコオチャのよく知るダークエルフだった。

「ミル!…、ミルじゃないか!」

コオチャはレイピアを鞘に収めると、急いで駆け寄った。

他の仲間も攻撃態勢を解いた。

周囲を見渡すが、他の気配は感じない。


「どうしたんだい?その傷は…」

コオチャはミルに近づいて驚いた。

左足はザックリと切られ、止血している包帯は吸いきれないほどの血を含んでいる。体中のあちこちに切り傷があり、激しい戦闘を繰り広げてきたことを物語っている。


「シータ、助けてくれないか…?」

彼女はコオチャが呼ぶ前にすぐ隣にきていた。

小さな切り傷には目をくれず、足の治療に入った。

包帯を素早く剥ぎ取り、出血個所に手を当てた。

正式な止血や回復魔法の手順はわからない。

全て見よう見真似である。


しかし、トールハンマーの助力を得て、みるみる傷口がふさがる。

ミルに追跡者がいないかどうか警戒していたフィスナー達も駆け寄る。

その頃には、ほぼ完治していた。

だが、シータの疲労はピークに達している。

無駄な精神力を使っている証拠だ。


「ありがとう、娘さん。まさか人間に回復魔法をかけてもらうことがあるとは考えたこともなかったです」

正直な感想だろう。

闇に染まった種族の末路は悲惨なものばかりだからだ。

問答無用で敵対行為を取られ、どちらかが全滅するまで戦闘が続くだろう。


「つまんないこと言ってないで、僕の話を聞いてくれよ」

ミルは苦笑した。

種族を超えた光景に、彼は無反応なのだ。

ダークエルフを回復した人間は、たぶんシータが最初だろう。

それほどまでに闇の属性の種族に風当たりは厳しい。

間違って他の種族の村や町に迷い込もうなら袋叩きは免れない。


しかし、コオチャの言動がそんなことを忘れさせてくれる。

もちろんシータが母から受け継いだ博愛の精神には、種族間のいざこざもないのだろう。

「コオチャ。元気で何よりです。しかも、すばらしい仲間達に囲まれて…。少し安心しました」

ミルはコオチャの母親のようにやさしく微笑んだ。

コオチャは照れ笑いでそっぽを向いた。

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