第4章『神官少女の希望と現実』
第12話『神官少女の涙』
(なぜ…)
頭の中で同じ言葉を何度も繰り返しながら、少女は泣きながら走っていた。
彼女の名は「シータ=シリウス」。
ジイール国最高司祭候補に選ばれたルスールとマキの一人娘である。
旅支度も、武器も、何も持たないまま城を抜け出してきた。
あの場所にいたくなかった。
すべてを否定したかった。
(自分で確かめる!)
彼女は特に技能は持っていない。
唯一、低レベルの回復魔法が使えるが、それすら実戦での経験は無い。
低レベルとなると、浅い切り傷や骨に達してない打撲を治癒し、微量の回復魔法が使える程度だ。
そんなシータが向う先は、第2宮殿である。
瀕死の重傷を負いつつも戻ってきたラジュクの報告に、シータはいてもたってもいられなかった。
緑色の「神官」見習いの服に、黒髪がなびく。
神官とは司祭になるための修行中の身を表す。
しかし、神官としての適齢期である、15歳を向えなければ神官という役職に就くことは許されない。
その後の成長を狂わすほど、その修行は厳しいからだ。
それまでは見習いとして、精神力を高める修行を行うのが通常の方法である。
素質があれば、低レベルの魔法を覚える事もあるが、勉強の一環であり実践の為ではない。
その後15歳を過ぎると、神殿や城に入るか高名な司祭に弟子入りして、神官として司祭を目指しての修行が始まる。
ジイールでは、国の北部にある博愛の神殿にて修行するのが一般的だ。
ルスールもマキもそうであった。
もちろんシータも目指していた。
王のアンスラックは、ルスールの最高司祭就任と、その娘シータの神官への旅立ちの日を同じ日に設定していた。
しかし、すべてがその思惑通りには進まなくなった。
(なぜ…)
何回、自分に問い掛けたかわからない。
考えても、考えても答えは出ない。
だから、自分で行って確かめたいと思った。
それよりも、大好きな父や母が死んだなんて想像する事も、信じる事も出来ない。
しかし、子供の足では道のりが遠い。
今だ半分しか進んでいない。
第2宮殿には一度、母の仕事でついて行った事がある。
途中分かれ道があるが、その他は一本道だ。
日々修行し鍛錬しているとはいえ、体力は限界に近づいてきた。
少しずつ足取りが重くなり、ついには立ち止まってしまった。
「はぁ、はぁ…。」
ペースが早すぎた。
両手を膝の上に置き、うつむいたまま動けなくなった。
長い髪が汗で顔にまとわりつき、その汗が髪を伝って地面にしたたりおちる。
(くるしい…)
それでも前に進みたい一心で、体力回復魔法を使う。
シータの体に光がまとわりつく。
その光が消えて無くなると、ほんの少しだが体力が戻ってきた。
しかし、精神力も魔力もこんな状況ではまともに使う事は出来ない。気分的に回復した程度である。
司祭系の扱う魔法は、精神力に魔力を乗せて扱う。
精神力は時間で回復する。
魔力も時間で回復するが、魔力回復の薬草が見つかったことにより、更に研究が進み、薬草よりも強力に回復出来る薬も作られている。
どれもこれも、持ち合わせていない。
それでも彼女は前に進み出した。
少し進むと分かれ道が現れた。
体力も極限に達し、どちらに行っていいか思い出せない。
(お母さん…)
目をつむり祈った。
すると左側の道の先に、母が6大精霊王のシース様から受け継いだ、トゥオールハンマーが地面に突き刺さっているのがぼんやり見えた。
(こっちだ!)
もしかして、お母さんが呼んでいるのかも…
そんな淡い期待を胸に、私は再び走り出した。
そしてどれぐらい時がたっただろう。
サマリア城に似せて作ったといわれる淡い青い色をした壁が近づいてくる。
(ここだ…!)
シータは確信した。
ここが第2宮殿だと…
棒になった足を引きずりながら、少しずつ前に進む。
息を整えるたびに、ゆっくりと平常心を取り戻す。
(あれ?第2宮殿は爆発したんじゃなかったの?)
そう、目の前には生い茂る木々の隙間から外壁が見える。
(お父さんもお母さんもその壁の向うにいる!)
乾いていたはずの涙がこぼれてきた。
両親に逢いたい一心で、疲れ切った体に鞭を打ち走り出した。
しかしシータは、生まれて初めて絶望を味わう事になった。
外壁しか残っていなかったのだ。
皮肉にも彼女が来た方角の外壁だけ残っている。
「いやぁーーー!!!」
シータはその小さい体で精一杯叫んだ。
夢なら覚めてほしいと願った。
しかしいくら叫んでみても目の前の風景は変わらない…
いつの間にか、その場に倒れていた。
周りには小動物が取り囲み、少女を見つめている。
動物達は少なく見ても、100匹を超えている。
どの動物も、シータを瞬きせず見つめ、そして心配そうに寄り添っている。
シータは突然の状況に身動きが出来なかった。
顔を上げ、座り込んだまま辺りをゆっくり見渡す。
一番近くにいた四足歩行の動物が、ゆっくりと頭を下げつつ近づいてきた。
不思議と不安はない。
その動物は触れ合う寸前まで近づくと一度止まったが、チラッとシータを見上げ再び近づいてきた。
腕のところに頭をこすり付けてきた。
そして彼女の手の甲を2,3度舐める。
シータは自分を癒してくれていると感じた。
「ありがとう…」
そう微笑むと、彼女の前に座っていた動物は、ゆっくりと寝転んだ。
まるで彼女を守っているかのようだ。
それを合図に小鳥達が次々と集まり 何をするでもなく一人の少女を取り囲み、さえずり、羽をやすめた。
「フフフ…」
城を出てから、ようやく笑顔がこぼれた。
すべてを理解しているかのように、動物達はシータを励ます。
(ありがとう…、ありがとう…、みんなのおかげて強くなれる…)
ようやく現実を受け入れた。
そしてゆっくりと、冷静さを取り戻した。
「あっ!」
その声に数羽の鳥達が飛び立ったが、すぐに戻ってきて地面に降り立つ。
驚かせたはずのシータも驚いた。
「ごめんね、驚かせちゃて」
ゆっくりと立上る。
ここに来る途中脳裏に見た、トゥオールハンマーを探すことにした。
すると、一番初めに近づいてきた動物も立ち上がり、前を歩き出した。
彼の後を追った。
少し歩くとピタッと止まる。
「トゥオールハンマー…」
数歩先にそれはあった。
ハンマーは、これだけ宮殿が破壊されたにもかかわらず、傷一つつかずに地面に突き刺さっていた。
(良かった…)
ホッとした。
今は母の…、形見である。
第2宮殿は建設以来、初めての静寂に包まれている。
爆発はよほど大きかったらしく、屋根や壁の一部はどう考えても足りない。
粉々になったか、消し飛んでしまったのか…
どちらにせよその威力を物語っている。
ここで何があったかはわからない。
母の形見になってしまったトゥオールハンマーを目の前にして、いろんな事を考えた。
「!!」
シータは大事な事をもう一つ忘れていた。
ハッピネス・スティックの存在である。
慌てて廻りを見渡したが、それらしいものは無い。
瓦礫の下になってしまったのなら、自分には探すのは無理だと判断した。
その次に生存者がいるかもしれないと考えた。
よく見るとエル・ナイトの装備している鎧の一部などが粉々になって落ちているのがわかった。
(本当にこれが、ただの落雷のせいなの?)
とりあえず一通り確認した後、これからの事を考えた。
(城には戻りたくない…)
自分が城に戻り、第2宮殿の現状を報告したら、ラジュクが最高司祭に就任することになる。
彼の報告通りならば何も問題が無い。
(何か、ラジュク様の報告が嘘だと言う証拠がないと…)
もう少し詳しく、調べてみる事にした。
いままでハンマーは重いと思い、そのままの状態にしている。
だが、状況を呑み込めた為、ハンマーに手をかけ、持っていこうとした。
その瞬間、森の奥から一人の男が近づいてきた。
「へっ、へっ、へっ…」
薄ら笑いを浮かべ、その男は何の躊躇もせず歩み寄ってくる。
そしておもむろに手を伸ばしてきた。
「やめて!」
手を払いのける。
男はよろけた時にハンマーで攻撃されるのではないかと、思わず瞬時に数歩下がった。
しかし、シータにはわからない。
怯えた目で睨むのが精一杯…
男は確信した。
こいつは素人だと…
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