第13話『初めての実戦』

「お嬢さん、そのハンマーで攻撃しないのかい?まぁ、そんな重いモンを振り回すのは無理だろうけどな」

シータは愕然とした。

(そんなに重いの?)


母はこのハンマーを自分に持たせてくれた事は無い。いつも部屋に飾られ、めったに持ち出さないからだ。

今回の件が最初で最後の城外持ち出しとなった。母は時々ハンマーを馴染ませるかのように振り回す訓練をしていた。

その時は軽々と扱い、廻りを驚かせた。そんな姿しか見てないシータは、誰にでも簡単に扱える代物だと勘違いしていた。


ハンマーと言えば5kgはあるだろう。トールハンマーは柄も長く金属製である。最悪の場合10kgを超しているだろう。

冷静に分析し終えてみると 持ち帰るどころか、装備する事も困難だと考えた。

どうしたら良いか迷う。


(とにかく一度持ち上げてみよう。何とかなりそうなら思いっきり振り回して、もし男に当たればそのまま逃げよう。)

考えがまとまると早速持ち上げる。

(…軽い!!!…)

そのまま片手で持ち上がろうとした。そして振り上げようとした。が、シータは驚きながらも冷静にハンマーを地面に叩きつけた。

ガシャン!


鈍い音と共に、ハンマーは再び地面に突き刺さる。それを見た男はニヤリと笑った。

トールハンマーは見かけこそシンプルだが、重量感があり、そして魔力は素人にも超魔力を秘めているのがわかるほどの力を放っている。

男の油断を見逃さなかった。


(一人ぐらいなら逃げ切れる)

しかし彼女は再び絶望する。男の来た方角からもう一人現れた。今度ははっきりと強者つわものとわかる。

その男は足取りも軽やかに近づいてきた。

そしてハンマーを見るなり「ほぉ」とだけ言った。

「そいつはトールハンマーじゃねぇか。えれぇもん見つけちまったなぁ。高値で売れるぜぇ」


シータは焦った。初めての実戦を経験していた。男達が喋る度に背筋が凍る。

(もし、このハンマーが、誰が持ってもこの軽さを維持できるのであれば、取られる前に私から仕掛けないと…)

覚悟を決めてハンマーに両手をかける。男達はあまりの獲物と あまりに素人に油断した。


「えいっ!」

ほうきを振り回すかのごとく、いや、拳を振り回すかのごとくハンマーを水平に払った。

最初に現れた男は腹部に直撃したが、その後少し勢いが落ち 後から来た男には避けられた。

ハンマーの届く攻撃範囲外に男は逃げると仲間を見て驚いた。

「おいおい、なんてぇ威力だ…」


倒れた男は完全に気絶していた。いや、死んでいるのかもしれない。

「最近の娘は物騒だねぇ…。どぉれ、おじさんにそのハンマーを貸してみな!」

そう言うなり男は低い体制から間合いを一気につめてきた。

シータは怯むことなく左下から右上にめがけてハンマーを振り上げた。

いくら棒切れのように扱うとはいえ、あまりに単純な攻撃に男は軽々と左上に跳ねて避けた。


しかし、すべての力の法則を無視するかのように男を追うようにハンマーは軌道を変えた。

「ちぃッ」

男は何とかその攻撃もよけた。そして大振りで無防備となったシータの背後をとる。

そして素早く首をしめる。男の太い腕の隙間に左手を差込み必死の抵抗をみせる。

しかし腕はほどけないばかりか、少女を軽々と持ち上げ始めた。


(息が出来ない…)

男は左腕でシータの首を取り、右腕で締めている。完全に決まっていた。

「へっ、へっ、へっ。こぉも簡単に神器が手に入るとはぁなぁ」

一生遊んで暮らせるだけの値段がつく獲物を目の前に、男は興奮していた。

シータは意識が遠のいてきた。目がかすむ…

「ごめんね、お母さん…」

しかし、声にはならなかった。目の前が真っ暗になる。


(諦めては駄目。最後まで戦いなさい)

いつも聞くフレーズが頭をよぎる。母の口癖だ。

シータはハッとした。意識が戻る。

すかさず右手に持つハンマーを自分の頭の上を背後から狙うように、男の右脇へ振り抜く。


ガッ・・・

鈍い音と共に男の腕がほどける。

「ハァ、ハァ、ハァ…」

新鮮な空気に力が少し戻ってきた。間違い無くヒットしたのだがダメージは小さいと感じた。

案の定、男は立上る。そしてシータを睨むその目は獣の目だ。

「てめえぇ…」


シータは反撃する力までは戻ってない。ましてやこの男から逃げ切る体力もない。さっきのダメージはかなり大きい。

止まることのない呼吸が全ての行動を拒んでいる。


打撃戦になるのを覚悟した。が、男は口をパクパクし喋ろうとしない。いや、声が出てない。

「?」

よく見ると膝が前に出ようとするが足が地面に吸いついているかのように離れていない。


すると、男の影から一人の女性が現れた。

「大丈夫?」

女性は20を少し過ぎたぐらいだろうか。しかし、その若さ以上に尋常ならぬ力を感じる。

シータが見ても実力は男よりも上だ。


バタン・・・

男は白目をむいて倒れた。窒息の症状に似ている。更に驚いた事に足の裏は地面から離れていない。

「怪我はない?」

女性はやさしく語り掛けてきた。

しかし、立て続けの訪問者に戸惑いを隠せない。疑いのまなざしを向けつつも動けなかった。


「そのハンマーはルスール様のね。近くにいらっしゃるの?」

「会った事があるの?」

少女は問いかけた。勝てない勝負を覚悟して…。

「アンスラックス様に会いに行く途中よ。ルスール様が最高司祭に就任すると聞いたから。」


シータは安心した。

その言葉に嘘は感じられなかった。今は自分の感を信じたい。

「うぅ…」

我慢してきた緊張の糸が切れ、その場に泣き崩れた。

「うぅ…、母は…、死んだの。お父さんも一緒に…」


「えっ?というと、あなたはシータね」

母に会いに来たという女性は自分の名前まで知っていた。

「シータ、落ち着いて。何があったの?」

胸の内に溜まっていた感情が爆発したかのように、初対面の女性にいままでの経緯を説明した。


彼女は黙って、時にはシータを支えながら聞いている。

「ルスール様はいなくなったりしないわよ。目をつむって、よーく思い出してごらん。お母さんと話したいろんな事を…」

シータは涙でいっぱいの瞳で女性を見上げた。

(愛が…、愛がこぼれている…)

女性は驚く。愛情の大きさは計り切れないと感じるほどだ。


少女は手の平で顔を覆うと、しばらく泣き続けた。

しかし彼女はシータの傍らから離れようとはしない。

「お父さんやお母さんが神器を盗んだりしない事を証明したいの。その為にはどうすればいいの?」

必死に訴えた。


その問いに彼女は微笑んだ。

「あなたの強い意思はすごく伝わってきたわよ。あたしでよければ一緒に探しましょ」

「何を…?ハッピネス・スティック?それとも犯人?証拠?」

彼女はゆっくり首を横に振った。

「いいえ。真実よ」


 彼女の名は「リスネット=ウィンター」

北の都から来た精霊使いだと自己紹介した。

さっき男を大地の精霊「ノーム」の力を借りて足止めをし、風の精霊「シルフ」の力を借りて窒息させたと説明してくれた。


よく装備品を見ると金属製のものはすべて銀である。

「精霊は鉄を嫌い、銀を好むのよ」

背中に装備している細身で少し短めの剣も銀製だった。

なにからなにまで手伝ってくれるリスネットに対して、シータは自分の力不足を思い知る。


「いいのよ。あたしは縁を大事にしているの」

「縁?」

「そうよ、ルスール様やアンスラックス王に会いに来て、シータに会った。今、城が大変な状況になっているのも知った。これは何かの縁よ。言いかえれば試練かもね」


何事にも立ち向かうリスネットが輝いて見えた。

(いつまでも泣いてばかりではいられない…)

まだあどけないその顔に決意の表情を浮かべた。


そして誓った。必ず汚名をかけられた父や母を助けるのだと。


その誓いは遠くから見守る動物達とリスネットと澄んだ青空だけに届いた。

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