第35話『雷帝』
シータは体の震えが、いつの間にか止まっているのに気がついた。
コオチャの圧倒的な攻撃力に見とれているうちに、恐怖心よりも好奇心の方が勝ったのかもしれない。
(こんなに強いなら最初からコオチャ一人で倒せたのかも…)
そんな気すらする。
しかし…
それはとんでもく安易な考えだったことを、彼女は思い知る事になる。
耳を突つかれているような静けさ。
シータはゆっくりと顔を上げる。
コオチャは………
天を見上げていた―――
シータは彼から聞いていた事と違う状況にホッとした。
が、その後地獄絵図を見ることになる。
コオチャの体が何か見えない力で弾き飛ばされたのだ。
何度も…、何度も…
痙攣などと言う生易しい言葉では片付けられない程の激しい動き…
右へ、左へ、上へ、下へ…
操り人形を振り回しているかのように予測不可能な動きをする。
そして、突如血を撒き散らし始めた。
その血は体のいたる所から噴出した。
シータは言葉を失った。
コオチャが何をしたと言うのか…
しばらくすると、理不尽な動きが止まり、彼は顔から地面へ倒れていった。
シータは気が気でなかった。
(コオチャの元へ…)
手を伸ばし、足を動かし、必死で前へ進もうとした。
今までの無理が祟り、体は言うことをまったく聞かない。
しかし、諦めなかった。
彼がそうだったように。
その時、スカートのポケットの中に、丸い固い小さな粒が体と擦れた。
(?)
ポケットの中を探る。
すると小さな透明な粒が二つ見つかった。
(これは…)
メルに攻撃され気を失った後、母の声で目がさめた時に溢れた涙が「真実の涙」として残っていた。
傷や病気を一瞬で治す奇跡の涙…
それを一粒飲み込む。
あっという間に体力・気力が回復した。
(残りの一粒をコオチャに…)
スクッと立ちあがるとコオチャに駆け寄る。
しかし、あまりのダメージに息を潜んだ。
人にはこれほどの量の血があるのかと思わせるほどの出血と、どうしたらこんなに体が本来曲がるはずのない方向へ曲がってしまうのか想像できないほどの怪我。
息があるのかどうかもわからない。
でも、試すしかなかった。
彼は、魔王に最終決戦を挑む前にハッピネス・スティックを使ってなんとかなると言っていた。
この状況を打開するには、彼の知恵がどうしても必要だった。
自分の甘さを痛感する。
同い年にして先の事を常に考えているコオチャ。
それに比べて自分は…
しかし、今はそんなことを考えている余裕はない。
急いで彼の口の中に「真実の涙」を入れる。
祈る思いで彼を見つめる。
だが、しばらくしても反応がない。
………
不安が募る。
ところが、思わぬところに異変が起きた。
コオチャに隠された暴力的な破壊力を封印する青いバンダナが、吹いてないはずの風にのって彼に近づいてきた。
そして、見えない誰かが結んでいるかのように、バンダナは自らコオチャへ封印を施した。
すると、彼の体が光り、閃光がほとばしる。
!!
光がおさまると、コオチャの体は元に戻っていた。
「コオチャ…」
シータの声に体が反応している。
「コオチャ!」
顔を近づけて、大声で呼ぶ。
ゆっくりと目が開いた。
「シータ…」
体を重たそうに持ち上げる。
奇跡の涙と呼ばれる神をも超える力も、コオチャの体を完全に復活するには至らなかったようだ。
しかし、生きている!
彼は周りを見渡し、魔王がいないのを確認すると、自分の顔に向かって指をさした。
『俺がとどめをさしたの?』
と、言いたい顔つきをした。
シータは大きく頷いた。
コオチャの顔がほころぶ。
しかし、すぐに真顔に戻ると、
「シータ、もう一働きしてほしい」
「はい!」
私は純粋にコオチャの復活を喜んだ。
しかし、彼の封印している力は、自分の体の限界を超えるものだと言うことはわかった。
それと同時に、あの攻撃力は伝説の人物を思い起こさせた。
四都市に名を刻んだ「雷帝」である。
彼は爆発的な攻撃力を発揮したかと思うと、どの司祭もかなわないほどの治癒能力を仲間にそそいだ。
その表裏一体の力に、地上の誰もが勝てなかった。
名実ともに頂点を極めた雷帝は、その後、生きながらにして神になった。
その名は「雷神」…
そんな、伝説上の人物を彷彿とさせる。
(雷帝が地上に戻ってきたのだわ…。でもそれは、地上の混乱を意味しているかも…)
だが、彼の無邪気な笑顔はそんなことを忘れさせる。
今はただ、一人の仲間として信頼している。
そして、雷帝の化身だとしても、その雷帝の辿った道からはそれてほしいと思った。
神となった雷帝には、悲惨な最後が待ちうけているから…
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