第34話『最後の一撃』

シータは気が遠くなりかけていた。

朦朧と意識が薄まる中で、フィスナーとルシャナが攻撃されたのだけはわかった。

気を失う瞬間、彼女は再び意識を取り戻した。


それは、この世に存在し得ないほどの悪魔的な力の存在に、気を失うことを拒否されたようだった。

背筋に寒気が走る。

気が狂いそうになる恐怖。

視界には入ってないが、その巨大な存在感からは強烈なプレッシャーを受ける。

冷や汗が大量に流れ落ちた。


(見られただけで、殺されてしまう………)


直感だけでそこまで感じる。

この力が敵によるものだったら、何を施しても勝つ方法は見つからないとも思った。

どちらにせよ、このままでは自分も殺されてしまうと思うと、その存在をこの目で確かめたいと思った。


恐る恐る顔を上げる。

そこには彼が立っていた。

手には雷神剣を握っていた―――


しかし、すぐに理解した。

これが彼の言う最終手段=封印の役目をするバンダナをはずし、本人が語る『化物』になったのだ。

化物の先に見える魔王は恐怖に震えているようにも見える。

 

魔王はこの世に産み落とされてから、初めての恐怖を感じていた。

最初、恐怖とは分からず、ただただ震えている自分に、パニックに陥っていた。

暫くして、その感情が恐怖だと分かると、自分に、そして恐怖の対象物に対して苛立ちを感じた。

それは魔王の底力を発揮させるには十分だった。


ドォォォン!!


突如、光線を放った。

しかし、コオチャには届かない。

いや、彼に触れる直前に、雷神剣によって掻き消されていた。

それどころか彼は、躊躇なく魔王に向かって歩き出した。


光線は一気に、目に見えて細くなる。

もともと放てる力は残っていなかったのだ。

彼はいつのまにか魔王の顔の目前の空中に立つ。

光線は消えていた。


慌てて左拳を、コオチャに向け振り下ろした。

彼は雷神剣を持ち上げると拳向かって突き出す。

それは、何とも不思議な光景だった。


雷神剣に触れた途端、拳は真っ二つに裂かれる。

剣を中心に腕が切られている。

しかも、それは魔王が振り下ろしている自分の拳なのである。


肘まで切られた左腕は、魔王の意思とは無関係にブランと垂れ下がった。

今度は右拳から角状の突起物を伸ばし、コオチャに向けて突き立てた。

ガツンッ!

虚しい音が響く。

コオチャの体が金属で出来ているような音だ。

実質、彼の体を貫くことは出来なかった。


魔王は脅え始めた。

人間界に出現して、初めて自分より強い者と遭遇したに違いない。

この時魔王は、今まで想像すらしたことのない『死』について考えたかもしれない。

 

魔王の打つ手がなくなると、コオチャはゆっくりと、そして無造作に魔王上半身を雷神剣で斬る。

上半身だけになった魔王が下半身からずり落ちる。

コオチャの目の前に、魔王の顔がある。


刹那―――


剣先が後頭部から突き出る。

そのまま剣を上に振りぬく。

青紫色の液体が飛び散った。


いままで、どの攻撃でも体液が出なかったのだが、この時ばかりは噴出してきた。

致命傷なのが見て取れた。

だがコオチャは攻撃の手を加速し始めた。

雷神剣で魔王の体を刻み始めたのだ。


風を切る音だけが連続的に聞こえた。

目では追えない。

あっという間に固体から気体へと変化していく魔王の体…

悲鳴すら上げることが出来なかった。


そこまで無表情で攻撃していたコオチャだが、突如吐血した。

ゴボォ………

体が耐えきれない。

この強大な力に、例え雷神剣の助力を得ていたとしても、物理的に耐えきれないのだ。


彼は迷わなかった。

攻撃の手を緩めるつもりは、毛頭ない。

そして、魔王が塵状になるまで剣を振るうと、コオチャの体向けて落雷が起きた。

いや、自分に向けて自分で落雷を起こしたのだ。

彼は剣を天空に向かって突きたてると、雷に吸い込まれるように天高く登る。

落ちてきたはずの雷が、雷神剣を磁石のようにくっつけると天空へ逆戻りしたのだ。

周りの木々よりも高くなると雷は消えた。


コオチャは直感で理解した。

塵状になったとはいえ、魔王にとどめを刺すには威力が足りない。

かと言って、これ以上の上空からの攻撃は、今の自分には無理だった。

何も無い空間だが、足場さえあれば威力が増すはずだが…


彼は決意する。

限界を超える力を、この一撃に込める。

間違いなく、体はバラバラになるだろう。

それでも魔王を封じ込めなくてはならない。

魔力でも精神力でもない、今まで感じたことのない力が自分を覆っていく。


地上で唯一コオチャを見ていたシータは、不穏な力に恐怖しつつも、彼の決意だけは伝わってきていた。

(彼は…、死ぬ気なのね…)

ありとあらゆる力を無くしていた彼女だったが、視界の隅に映る、唯一絶対に信頼出来る物に触れた。


触れたのは、トールハンマーである。

ハンマーは触れた程度の力で、信じられないほどの高速でコオチャに向かって飛んでいく。

突然のことだったが、彼は驚かなかった。

迷わずハンマーを足場にし、強烈な反動を利用し塵になった魔王に向けて急降下する。


ドォンッ!!!


短く、しかし頭の中を突きぬけるような激しい音と、吐き気をもよおすほどの強い振動が体を包み込んだ。

彼は、まるで稲妻の如く、魔王に向かって落ちてきた。

塵は完全に飛び散り、気配すら感じなくなる。

一瞬遅れて地面が抉られた。


ゴォォォン…


静寂が、訪れた―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る