第10章『幸福の杖』

第36話『名もなき奇跡の立役者』

魔王を倒した六人は、今悲痛な状況に置かれている。

サマリア城より父の剣を譲り受け、調査に乗り込んだルシャナ皇太子は、聖剣エクスかリバーと信頼関係を結びつつも、魔王の光線が体を貫通した。


そのルシャナを守護するようにしてやってきたサマリア城、新米稲妻の騎士、通称エル・ナイトの一人マークは、古代武具アテネを手に入れ魔王の攻撃をことごとく破ってきたが、魔界の力に抵抗するため自らの命を捧げた。


ジィールが誇る儀盗賊団アルシャン団長フィスナーは、特殊武器を使用せずともその力は決して引けをとらず奮起したが、魔王を引き付けてチャンスを作る為に犠牲となる。


そのフィスナーを愛し愛されて北の都からやってきたシャーマンキングことリスネットは、攻撃力なら精霊界の五本の指に入るイフリートを召喚したが、精霊界との契約を破り、呪いを受けて即死した。


濡れ衣を着せられた両親の汚名を晴らすべく、真実を求めてやってきたシータは、博愛の精神を確立しつつ最後まで生き延びた。


そしてコオチャは、母の形見、雷神剣を手にし、自らの封印を解き放ち魔王を沈めた。

今、第二宮殿跡地には優しい風が吹いていた。


シータはコオチャを瀕死の重傷から救うと、幸福の杖を探した。

杖はラジュクとメルの遺体の近くに転がっていた。

しかし杖は、見た目にも古臭く萎びていた。


不安を抱きつつもコオチャの元へ持っていった。

無言で突き出す。

「………」

無言で杖を見つめるコオチャ。

「遅かったのか…?ハッピネス・スティックは一度使用すると数年は使えないらしいんだ」

「!!」


驚きを隠せないシータ。

てっきり誰でも何回でも使用できるものだと思っていた。

考えてみればそんな状況だと、何でも出来てしまう。

あの魔王ですら操れると言うのだから…


「しかし、ひとつだけ続けて使う方法がある。シータ、この事実を受け入れられるかい?」

シータは更に不安そうな目をしていた。

が、仲間を救うためなら命をも投げ出しそうな勢いで頷く。


「100の魂を杖に注ぎ込むんだ。そうすればもう1度使える状態になると聞いた」

「!!!」

百の魂とは百人の命、つまり百人の生贄が必要ということになる。

四人を生きかえらせるために百人の犠牲…

とても納得出来る条件ではなかった。


複雑な表情を浮かべるシータ。

答えが見つからないまま、俯き涙した。

コオチャは起こしていた体を地面に預けた。


シータが受け入れられない以上、今後進展はない。

その前に百の魂を集めることすら不可能だ。

(魔王を倒したからと言って誰が命を捧げるもんか…)


コオチャもまた涙が頬を滑り落ちた。

六人のうち誰が欠けてもこの闘いに勝利する事は出来なかった。

恩人や、闘いの中で知る事になった兄弟、そして仲間。

誰も助けることが出来ない。

その泣き崩れる二人を見つめる瞳が森の中にあることを、まだ二人は知らない。


シータはあまりに辛く悲しい現状に、思いっきり泣くことしか出来なかった。

両手で顔を覆い、大声で泣いた。

しかし、不意に背中を軽く二度突つかれた。


涙を溜めた目でその正体を見つめた。

そこにはここに初めてやってきたときに出会った動物達がいた。

しかし、様子が変である。

色とりどりの毛の色をしていたはずなのに、今は全員真っ白に染まっていた。


首班の四足歩行の動物が、シータの目の前で頭を下げていた。

おもむろにコオチャのところに行き頬を舐めた。

コオチャは痛みを忘れて飛び起きた。

「みんな…」

どうしてここに?と言いたげな表情で辺りを見渡した。

しかし、彼らの白装束を見てハッとした。


「駄目だ…、それだけは駄目だ。そんなことをしてもらっても、ちっとも嬉しくないぞ…。みんな森に帰るんだ!」

意味不明な言葉を繰り返すコオチャ。

シータは訳もわからないまま、じっとやり取りを見ていた。


動物達のリーダーはコオチャに怒られながらも幸福の杖のところに行く。

そしてそっと咥えると、シータのところへ持ってきた。

「?」

意味が通じないシータ。

不思議そうな顔でコオチャを見る。


「彼らは僕の友達なんだ」

「えっ?」

「おいらがダークエルフの里で虐待を受けていたとき、森で知り合ったんだ。実は彼らは 元は人間なんだ」

「!!!」

「呪いや魔法でその姿を動物に変えられてしまったんだ。行くあてもなく森を彷徨うんだけど、どの森も先住動物たちによって支配されている。行き着くところはダークエルフの里のある暗黒の森しかない。そこで皆と出会った。僕は一方的に話し掛けていた。けど、慰めてくれたり、励ましてくれたりしてくれた。その代わりに食料を分けたんだ。そんなことを続けていたら今はこんなに沢山の友達が出来た」


そう言うと動物達を見渡した。

また、涙が頬を伝わる。

「けど、魔王に挑む僕達を陰ながら応援してくれていたんだ。いざとなったら飛び出すつもりで…。白装束は死を覚悟した証。さっきの会話を聞いていたんだな…。杖の復活の為に犠牲になるつもりなんだ」

「駄目よ!」


シータは即答した。

しかし、そのシータに向かって動物達は頭をぶつけて反抗した。

心が痛んだ。

「里へ帰るんだ。これは僕達の問題だよ。皆が犠牲なる必要はない。里のミルに相談するから、皆の居場所を相談するから…」


しかし動物達は一斉に首を横に振った。

その姿からはこれ以上辛い思いをするのは嫌だと言う決意が現われていた。

そして、誰かの役に立てるなら、その命を投げ出す意味も込められているようだった。


今度はコオチャが涙目でシータを見つめた。

その視線を受け取るとシータは動物達のリーダーに抱きついた。

他の動物達が二人を囲んだ。

体や頭を摺り寄せたり、二人の顔を舐めたりと、彼らに出来る愛情表現をしていた。

第2宮殿跡地に愛が満ちていた。

二人も覚悟を決めた。


「ハッピネス・スティック復活の儀式を始める!!」

コオチャは高らかに宣言した。

動物達は杖を囲む。

シータに目配りする。

彼女が小さく頷く。


「杖よ!彼ら100の魂を受け取り、その力を回復せよ!!!」

シータは命令を下した。

杖はその枯れきった本体を空中に浮かべる。

そして柔らかな光で、周りを包みだした。

目で追えるぐらいゆっくりと、回転を始めた。


そこへ動物達は一匹づつ飛び込んでいった。

彼らは飛び込む前に二人に一礼をしている。

居場所も死に場所も無かった彼らに、その場所を与えてくれたお礼なのだろう。

彼らは名を残さないまま、奇跡の立役者となっていった。


動物達の魂を吸い取るたびに、杖はその回転を速めていく。

最後にリーダーが残り、コオチャにそっと体を預ける。

二、三度頭を撫でた。

それが別れの挨拶となる。


リーダーが光の中に飛び込むと、百の魂が集まった。

杖はその回転を、ラジュクが施していた時と同じ速度になっている。

シータの前で鋭い回転を見せる杖。

その本体は最初に見たときと同じ状態に戻っていた。


涙を拭く。

彼女は次の命令を下した―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る