第29話『愛弟子』

しかし、ラジュクが二個目の鍵の作成を終えた。

再び鍵がゲートへと飛ぶ。

鍵が門をこじ開けた。


ゲートはゆっくりと開く。

そこからは背筋の凍る視線を感じる。

次の瞬間ノイズのような叫び声が聞こえた。

慌てて耳を塞ぐが、その音は心に響いてしまう。


闇と化したダークエルフ達は、その性質を生物から獣へと変えるかわりに、強烈な力を得る。

逆に人間達は魔王の叫びに脅え、精神力を削られた。

ただし、ゲートは再び閉まった。

鍵は本来の物に近かったようだが完全なものではなかった。

皆が焦った。

完璧な鍵の制作まで、もう時間がない。

そして、その隙をラジュクが見逃さなかった。


ラジュクは三つ目の作成の前に魔法攻撃を仕掛ける。

魔法が得意なダークエルフ達に、一斉攻撃をさせた。

それは奇襲となりゴーレムに被弾する。

魔法自体が初級中の初級である、魔弾=マジックミサイルだった。


魔弾は、攻撃魔法の基礎である。

無属性攻撃であり、簡単に言ってしまえば魔力の塊を飛ばしてぶつける。

術者は体内に宿る魔力を、一番集約し易い場所、つまり手に集める。

集められた魔力は時間をかければ更に密度、純度をあげることも出来る。

そうして練られた魔力から必要な大きさで塊を飛ばす。

威力・飛距離は術者によるが、距離が遠くなれば威力も落ちていく。

ここに火属性を付与すれば、ファイヤーボルトへと変化する。


こうして飛ばされた魔弾は、ゴーレムを貫通した。

リスネットは油断した自分を罵ると共に、ゴーレムを精霊界へと帰した。

具現化した精霊の消滅は、精霊界のバランスを崩すことになる。

それは精霊使いとしてもっともしてはならないことである。

もしもバランスを崩すようなことになれば命を断たれるか、最低でも呪いは免れない。

そしてその呪いは死ぬまで誰にも解除する事はできないだろう。

それは大精霊王のリスクでもあった。


その為、石の精霊を召喚する事は当分できない。

ラジュクも当然そのことは知っていた。

「これでゴーレムは現われない!魔王の復活も目前である!!持ち堪えるのだ!!!」

ラジュクの激が飛ぶ。


過激派達は20人を切っていたが、先ほどの魔王の援助もあり攻撃力を盛り返してきた。

魔弾が絶え間無くリスネットに向かって飛ぶ。

その防御にまわったシータも、回復魔法をかけたくても動くことが出来なかった。


「リスネット、ワシの矢に精霊を宿らせるのだ。」

リスネットはピンと来た。

「はい!」

フィスナーが素早く矢をつがえ構えると、リスネットは炎の精霊サラマンダーを矢に宿らせた。

半透明の炎が矢にまとわりつく。

フィスナーは躊躇無く放つとラジュク派の騎士に命中した。


騎士は不自然なほど激しく燃え上がり、近くにいたダークエルフ達をも巻き込んで倒れる。

その光景を見ている間にも次の騎士が燃え上がった。

苦しまないようマークがとどめを刺す。

せめてもの情けだった。


次々と騎士が倒れ、ついにはダークエルフが10人程度とラジュクとメル、そしてルダを残すまでになった。

魔力も底を尽き肉弾戦となるが、アテネを攻略するには至らない。

そこへ思わぬ人物がラジュクの前に踊り出た。

シータである。


彼女はマークが徐々に向かって左に流され、戦場が中央からずれるのを確認すると、思い切って最前線へと進んだ。

コオチャの後ろをすり抜け、そのままの勢いでラジュクとの距離を縮めた。

鍵の作成に集中していたラジュクは、ノーマークの人物の登場に混乱した。

シータはすかさずトールハンマーで回転するハッピネス・スティックを攻撃した。


パシンッ!!!


乾いた音と共に杖は少しだが沈んだが、回転を止めることは出来なかった。

しかし、鍵の作成を遅らせることに成功した。

三回目の挑戦の目前に起きた出来事にラジュクはキレた。

シータにはいつ剣を振り上げたかわからないほど、ラジュクは素早く攻撃を繰り出した。


キンッ


その状況を唯一確認できたコオチャが止めに入った。

すかさずシータは低い体勢からハンマーをラジュクめがけて繰り出した。

手足を振るうが如く扱えるトールハンマーだからこそラジュクには不意打ちになる。

ハンマー系の武器の攻撃は大ぶりで遅いという固定概念を崩せないからだ。


ドゴッッ

鈍い音と共にラジュクの体は、「くの字」に折れた。

その状況に気付いたダークエルフ達がコオチャに向けて一斉に飛びかかってきた。

コオチャは二本のレイピアで必死に防ぐ。

シータをかばう。

致命傷を避けたが傷を負う。


「シータ!大丈夫か!」

「はい!」

その声がコオチャに勇気を与える。

しかし、獣と化した過激派達の攻撃を全部かわすことは出来ない。


そして、ルダが怨恨を込めた目でコオチャを睨んでいた。

ルシャナとマークは目の前の敵で精一杯だった。

しかも、フィスナーやリスネットからは死角に入っている。


この状況では、肝心なラジュクへのとどめを刺す事が出来ない。

そんな状況をメルが不思議な目で、呆然と見つめていた。

(私は間違っていたの?)

自分の体を傷つけてもシータを守るコオチャ。

シータは必死の一撃の後に緊張で体が震え、さらに過激派達の勢いに圧倒され思うように動けない。


だが、彼女の目は死んでいなかった。

乱れた前髪の奥には、愛情に満ちたいつもの瞳が神々しく輝いている。

(その状況で、どうしてそんな瞳をしているの?)

メルには理解出来なかった。


力こそ正義、弱者には死あるのみと教わってきたメルには、コオチャとシータの助け合う心がわからなかった。

いや、理解したくなかった。

それは、今までの自分を全部否定する事になる。

ラジュクの為に尽くした事や、シータに攻撃を加えた事も…


メルは二人の力を否定したかったのかもしれない。

ラジュクの剣を拾い上げるとシータを突く体勢をとった。

「メル…。お願い気付いて…。今ならまだ間に合う…」

シータの必死の呼びかけが心に響いた。


(まだ、間に合う?)

本当は、メルは知っていた。

今、自分のしている罪が…

シータの『まだ、間に合う』と言う言葉にメルの頭ではなく心が反応した。


矛先を倒れこんでいる男に向け、そして、深々と剣を突き刺した。


そう、ラジュクに………


それは一瞬の出来事だった。

闇の獣と化した過激派達の動きを止めるのには十分な光景だった。

全員の動きが止まった。

ラジュクは一番信用する愛弟子に裏切られたのだ。


メルは自分のした事の重大さに今更気付いく。

そして、ラジュクに突き刺した剣を抜くと今度は自分の体を貫いた。

それは誰にも止めることが出来なかった。

取り返しのつかない過ちを犯した師匠と、誰にも許されない裏切り行為を犯した自分への罪滅ぼしだったのだろう。


メルは静かにその命を燃やし切った。

それを確認するまもなく、コオチャは目前の油断しきっていたルダの心臓を突き刺した。

ルダは自分に何が起きたのか理解しないまま倒れた。

「ラジュク様…。」


彼は最後まで野望を捨ててなかったようだが、静かにその目を閉じた。

その間にフィスナーが残りの獣にとどめをさした。

10本程度の矢ならあっという間に打つことが出来る。

しかも相手は止まっているのである。

すべてが終わった。


6人は顔を見合わせた。どうしたら良いか、分からなかったのかもしれない。

その静寂をシータがやぶった。

誰に遠慮することも無く泣き出したのだ。

母の仇を討てたのもある。

しかも、全員無事にこの戦闘を乗り越えられたことに、嬉しさのあまりについ泣いてしまったのだ。


他の五人が苦笑する。

シータの優しさに癒された。

しかし、大事なことを見落としていた。

ラジュクは、まだ………


生きていた!

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