第19章『王の帰還』

第250話『奇跡の塊り』

(ここは………?)

セリカは真っ白な空間の中に浮かんでいた。

(私は………?)

どうしてここにいるか思い出せない。


真っ白な空間は、何処が地面なのかも分からない。

視覚的には落ちていきそうな感覚が、忘れた頃に襲ってくる。

しばらく周囲を観察していた彼女だが、自分以外の誰もいない真っ白な空間だと理解する。


(出口も無いのかしら…?)

少しずつ冷静さを取り戻してきた彼女は、誰もがいきつく単純な疑問をようやく思いつく。

最初歩こうとした。

だが、足は動けど大地を踏みしめない。

そう、ここは何も無い空間なのだ。


(でも…、出口を探して皆の元に行きたい…)

彼女が強く思うと、体が前に進み始める。

進みたい方向を思うだけで、体が勝手に進んでいるような状況だ。

しかし、どこを向いても真っ白な空間は、どこまでも続いている事しか分からなかった。


(どうしよう…)

途方に暮れる。

今までの彼女なら、諦めてしまったかも知れない。

(でも…、皆と一緒に帰るのだから…。絶対帰るのだから…!)


そんな時である。

「――――――――――ミリ………。――――――ミリア…。」

誰か女性の声が聞こえる気がした。

少し尖った耳を忙しく動かす。

「ミリア…、こっちよ………」


明らかに自分を誘導しているような気がする。

だけれど、呼んでいた名前は「セリカ」では無い。

移動は可能になったが、その速度が遅いのか速いのか、もっと考えれば上を向いているのか下に向かっているのかは分からない。


ただひたすらに、呼んでいる方向へ突き進んだ。

どのぐらいの時間が経ったかも分からないまま、ようやく何も無い空間に変化が表れた。

目の前に突然と大きな扉が出現したのである。


思わずぶつかりそうになりながらも、辛うじて扉の前で制止する。

(ここが出口……?)

そう思わずにはいられなかった。

いや、そう思いたかった。

そっと右手で扉を開けようとする――――――――――


「ダメよ!!!」

自分をここに導いてくれた声の持ち主から、厳しく叱られる。

まるで、悪戯をした子供を叱っているようだ。

「よく周りを見なさい!」

またも怒られると、セリカはヒョンと首をすくめる。


ふと足元を見ると、そこには掌よりも小さい扉が、申し訳無さそうに存在している。

「心の声を…。よく…聞……きなさ……………」

そして声は聞こえなくなった。


目の前に残された二つの扉は、一つは豪華で大きな扉と、もう一つはよく見ないと見落としそうになるほどの小さく古臭い扉。

試しに裏側に回ってみたが、両方共真っ黒になっているだけで何もない。


セリカは少しずつ焦りを覚える。

それは、一刻も早く、この訳の分からない空間を脱出したい思いが湧いてきたからだ。


ハァ…、ハァ…

彼女は息苦しさも感じてきた。

究極の決断を迫られているようで、小さな混乱を起こしている。

まともな思考が出来なくなりつつあった。


(どうしよう!どうしよう!!)

焦りに駆られる。

何度、目の前の大きな扉を開けようと思ったことか…

(皆…、私どうしたらいい?)


その時。

ふと、仲間の温かい笑顔が浮かび上がった。

汗と埃と血痕が入り混じり、サラディックもシャンもバランディもリサもナルも汚い顔をしていた。


だけど、見せている笑顔は最高の笑顔だった。

(みんな………)

その眩しい笑顔に涙がこぼれる。

(みんなに逢いたい………)

耳を劈くような無音の空間の遠くで、何か騒ぎ声が聞こえるような気がしてくる。

少しずつ大きくなる喧騒に耳を澄ませる。


「―――――――――…………んだ。なみ…………こめ!!………。」

喧騒は断続的に聞こえてくる。

声は足元から聞こえてくるような気がする。


足を上げるが特に何も無い。

もともとも大小の扉以外に何も無い空間だ。

暫く聞いているうちに、再び鼓動が早くなる。

少しずつだが焦りが戻ってきた。

声の主は明らかに仲間だからだ。


(みんなどこにいるの!?私はどうすればいいの!???)

「なみだ―――――――――飲み込め―――――――――。」

(涙を…飲み込む…?)

確かに頬を伝う涙があった。

落ちる涙はどこまでもどこまでも、見えなくなるまで落ちていっている。


半信半疑ながらも、右手人差し指で自分の涙を救うと、そっと唇に当てて飲み込んだ。

目を閉じると心の奥底から仲間の声が…、

想いが―――――――――

溢れてくる―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セリカ!!目を覚ませ!セリカ!!!!!」

 

(シャン…) 

 

「後何回心配させる気だ!!セリカ!!!!」

 

(バランディ…)

 

「お願い!!皆の声が届いてーーー!!!!」

 

(聞こえているよ、ナル)

 

「涙を飲み込むのよ!!」

 

(リサ、ちゃんと飲み込んだよ)

 

「一緒に帰ろうぜ!!!」

 

(うん…。サラディック、一生に返ろう。皆で帰ろう―――――――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議な事に、あれほど焦っていた気持ちや早まる鼓動が収まり、この空間に着てから始めて冷静になれたような気がした。

そして、仲間の声が足元の小さな扉から聞こえていた事に気づいた。


(みんな、そこにいるんだ…、今、そっちに行くよ――――――――――――――)


小さな扉をそっと開けると、予想以上に勢い良く扉が全開し光があふれ出す。

吸い込まれるように扉をくぐると、隣の大きな扉の裏側には真っ黒な闇が蠢いているのを最後に、意識が遠のいていく。


だけどセリカは安心感に包まれていた。

そして、ここに導いてくれた声の主が誰なのかを察した―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――ありがとう、お母さん――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スーッ…………、スーーーッ……………

横たわる少女の胸が上下に…、ゆっくりと動き出した。

そして涙を飲み込む。


「!!!!!」


サラディックはリサの顔を見ると、涙を溢れさせた目を見開きながら見つめ返していた。

その表情は驚きと歓喜に満ちている!


「ッッッッッッターーーーーーーー!!!!!!!」

「帰ってきた!!帰ってきたぞ!!!!」

真っ白になりつつあった顔色は、みるみる赤みを帯び、温かい血が全身を駆け巡っているのが分かる。


彼女の冷たくなっていた手を握り締めていたナルは、温かくなっていく手を頬に当てながら、止まらない涙と戦っていた。

「わーーーーーーーーーーんんんん!!!!!」


突如、大声で泣き出しかと思うと、誰にはばかる事無く、遠慮なく喜びの涙を流した。

リサはふらつきながらもサマリアタワー7階の開口部から、下で連絡を待っていたヨシカに向かって叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セリカは………、セリカは…、帰ってきましたーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事をさかのぼる事数時間前。

ヨシカは目覚めた後、仲間にセリカ達の安否を尋ねた。

カーナや風はギルク撃退の喜びの表情から、急にうつむいてしまう。

ハマーがヨシカの左肩に手を乗せながら、辛そうに答えた。

「セリカ殿は…、今、生死を彷徨っておる………。かなり危ない………」


その言葉に、ヨシカは夢であって欲しいと直ぐに思った。

あの純粋で曇りの無い瞳が記憶に新しい。

「何でだよ!セリカだけがか!?」

珍しく動揺したヨシカをハマーが鎮める。


「騒ぐな…。彼女は既に精神力も体力も気力も精根尽き果てた状態で、奥義を使った。恐らく、唯一教えてもらった攻撃手段だろう。その破壊力は凄まじく、ギルクに致命傷を与えることには成功した」

「……………」


彼女は、その心優しい性格から、自らの攻撃手段を絶っているのかと思っていた。

ところが、彼女の習得した攻撃手段とは、唯一無二の奥義だったのだ。

「俺がセリカの仲間から聞いた話によると…、セリカの師匠は俺と同じ可能性が高い…。いや、同じだろう」

風がハマーの言葉に続けた。


不思議な巡り合わせとしか思えないが、風の持つ異常とも言える技の数々を見れば、奥義と名の付く技の威力、そしてリスクを想像出来る。

「なんと…!?で、彼女はどうなったのだ!?」

「精神が崩壊したのか…。ぱったりと倒れこむとそのまま意識を戻すことは……。そして辛うじてあった呼吸も……、今や………」


確かにサマリアタワー7階には明かりが灯り、若者達の声が小さく聞こえてくる。

声というよりは、悲痛な叫びと言った方が正確だろう。

ヨシカはセリカの事を、なんと不便な娘なのだと思ったりもした。


コオチャとシータを救い、ギルクを撃退した彼女の功績もさることながら、純粋に彼女に手を差し伸べたかった。

そして、眠っていた頭が急速に回転しくのが分かるほど、集中力を高めていく。


(俺は何かを見落としている…)

そう思いつき、仲間に尋ねた。

「何か…、重大な何かを俺達は忘れているような気がする…」

そう伝えたが、仲間達は考えてみるものの思い当たる節はない。


「コオチャとシータはどうした?」

数々の奇跡を起こしてきた二人の事を尋ねた。

「今だ聖なる球体に包まれた状態だ。司祭曰く、闇の力が体内を去り、今は無色透明な状態だとか何とか…。それで聖属性エネルギーをゆっくりと自然界から吸収していると言っていた。よくはわからんが…」


兎に角二人が無事なことと、あてにならない事を判断すると気持ちを切り替える。

無事なら問題は無い。

(何だ…何なんだ…。この胸騒ぎは………)

ヨシカは急速に膨れる不安と葛藤している。


(冷静に順番に思い出せ!あいつらは、あの開口部からぶら下がっていた…。そして青竜王が出現し……。そして、そして………!!)

「思い出したぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

突然大声を出し立ち上がる。


ふらつく足元が、彼の状態が未だに癒えていない事を示す。

ハマーが急ぎ支えると、ヨシカはありったけの声を張り上げた!

「探すのだ!!!!!セリカが流した真実の涙を探すのだぁぁぁーーーーー!!!」


声に気付いた騎士や司祭、そして義勇兵の数人が、ヨシカの只ならぬ雰囲気に押されるかのように駆けつけた。

「どうなさいました?」

騎士は尋常ではない状況だと判断し、直ぐに飛んできた。


一生に一度しか見られないほど、ヨシカは慌てていた。

口がパクパクしながら、話す内容が頭で整理されていない。

おもむろに短剣を抜くと、ザンッと自分の腕を切り裂く。

傷は深くは無いが思ったよりも血が吹き出てくる。


その痛みに耐えつつ冷静になると、ヨシカは大きく息を吸う。

「ブルードラゴンが現れた時、セリカからキラキラと輝く涙が落ちた!!それは……それは真実の涙に違いない!!!!!今直ぐ探して彼女に飲ませるのだ!!!!!」

そう言うなりガクッと全身の力が抜け、ヨシカは気を失いかける。

歯を食いしばりながら、仲間達の行動を見守る。


カーナと風は、お互い顔を見合わせると、ゆっくりとその時の状況を思い出していった。

「!!」

二人は同時に閃いた。

「そうだ………そうだった!!」

「確かに落ちた!!」


疲れも忘れて裸足のまま飛び出した二人につられる様に、騎士や司祭、そして騒ぎを聞きつけた義勇兵までもがサマリアタワー開口部の真下に集まり地面を探り始めた。

「もっと明かりを持って来いーーーー!!!!!」

「順番に探せ!!適当に掘るな!!!!」

「そこは探した!!次だ!!」

「跳ね返ってるかもしれねぇーぞ!!!」


少しずつ状況を理解したジイールの民は、まるで子供が自分で隠した宝物を探しているかのように、必死になって土を掘り起こしていく。

ヨシカは近くに置いてあった水筒を手にする。

そして朗報だけを我慢強く待った。


「あったーーーーー!!!これか!!!???」

「持って来い!!」

怒号が飛び交う中、体力が回復した風が奪い取り疾風の如くヨシカの目の前に来た。

急いで水筒を空け、水をかける。

そこには闇夜を照らす、小さな宝石のような塊があった。


「………間違いない………、間違いない!間違いない!!間違いない!!!」

風はヨシカから真実の涙を奪い取ると、彼の最後の方の言葉を聞く事無くサマリアタワー入口の扉を蹴破り竜巻の如くタワーを登っていく。


バタンッ!!!!

7階では悲壮感漂う中、突然勢い良く開いた6階から続く通路にある扉を注視した。扉は金具が外れ吹っ飛んでいく。


「これを飲ませろーーーーー!!!!!!」

目の合ったサラディックに向けて真実の涙を投げると、風もまたその場に倒れ大きく肩で息を吸い込んでいる。

サラディックは右手でしっかりと受け取ると、そっと手を開いた。

そこには無色透明な、宝石のような奇跡の塊が輝いていた。


「!!!!」

「真実の涙!!」

誰かが叫んだ。

誰かは分からない。

一心不乱にセリカの口の中に入れた。


コロン……

だが、その途端呼吸が途絶え、真実の涙は飲み込まれる事無く口の中を転がる。

「………えっ!?」

「そんな!?」

「飲み込めーーーーー!!!!!」

「涙を飲み込めーーーーーーーーー!!!!!!」

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