第21話『死して一人を救うのか、生きて無限の人々を救うのか』

「しかし、この世界との扉がシース様によって封印されています。彼女は自分の命と引き換えに鍵をかけました。これは流石の魔王でも通り抜ける事は出来ません」

「その扉をラジュクが幸福の杖を使って、新たに作ろうと…?」

「そうです」


コオチャはルスールとの会話に冷静にはなれなかった。

「じゃぁ、今すぐにでも追って…」

「まだ、あなた達では、幸福の杖を持ったラジュクを倒す事は出来ません」

「いや、杖はこちらが持っている」

「残念ですが、先ほどの戦闘で ダークエルフが盗み去っています」

「!」


コオチャは直ぐ様、昨日助けた騎士の元へ走った。

しかし、騎士はすでに息絶えていた。

もちろん杖も無い。

「なんてこった…。」

誰もが衝撃を受けた。

振り出しに戻ったばかりか、こちらは追い込まれてしまっていた。


「ラジュクは、6大精霊王達の活躍を、魔王の強さとしてしか理解できなかったようです。その魅力に引きこまれ、まず魔王の脅威となる武器を封印しました」

「じゃぁ、コオチャも…」

フィスナーが反応した。


「はい。間違い無いでしょう。彼が裏でサマリア城の反乱分子を煽り、その混乱に乗じてダークエルフ達を操り雷神剣とその使い手ニッキー様、そして後継者のコオチャ様を拉致した。さらに敵にするなら味方にした方が得策と考え、殺さず洗脳し続けたのです」

コオチャは事の真相に無言で聞き入った。


「コオチャ様、よく耐えました。しかし、それで満足してはいけません。今からラジュク本人が恐れたと言う雷神剣を取り返しにいくのです」

「うん。僕もそれは考えていました。だけど…」

扱えるかどうか不安がよぎる。

弱音を吐いている場合じゃないのは解っている。

しかし、下手をすると一瞬で自分が消滅する。


「それは、ダークエルフ達が広めた誇大表現です。一子相伝の剣がその使い手を自ら根絶やしにするはずがありません。しかし、まったくの嘘ではないようです。心して取り返して下さい」

コオチャは俯きながらも頷いた。


「雷神剣、エクスカリバー、そしてトールハンマー…。魔王を封じ込めた時の神器がここに3つ揃っています。これを武器に戦いに挑んでください。そして、ラジュクを倒すのです」

「しかし、魔王を封じるったって、具体的な方法なんかはわかりませぬ」

マークがつっこんだ。


確かに事の重大さに比べれば、提案自体は行き当たりばったりである。

「私も詳しくはきいていませんが…。精霊界からこちらに来る時にハンデが生じると聞いた事が…」

「そうだわ!」

リスネット思い出したかのように叫ぶ。


「魔王ほどの力を持った者は、下界で具現化する為には、体を変換する必要があるの。こちら側で同等の力を発揮する為にね。その為には何度もいろんなパターンのゲートを作り最適なものに仕上げて必要があるわ。だから、完全体になる前に勝負をつけられれば、こちらにも勝機はあるわ!!」


例えば下級の精霊であれば、ゲートも必要とせず自然界の精霊や自然現象などから簡単に具現化することが可能である。

もちろん精霊使いである術者の技量に左右される。

だが、上級精霊ともなれば、ゲートの作成には時間がかかるだろう。

リスネットであれば一発で作ることも出来るが、それは熟練した技術があってこそである。


つまり下界と密接な関係のある精霊界とのゲートであれば、ある程度の技術と経験があればこなせていけるかも知れないが、魔界とのゲートとなると困難を極めるだろう。


そこまで理解しているリスネットの言葉に、皆に笑顔がこぼれる。

これから向かう先が見えたようだ。

「ラジュクはこの日の為に用意周到に事を進めていたようです。早く彼を見つけ出し 倒してください」

そして、向きを変えると、今度はシータに向かって語り掛けた。


「シータ!いつまで寝ているの?立ち上がりなさい。そして、考えなさい。死して一人を救うのか、生きて無限の人々を救うのか…」

そう言うとトールハンマーは光を失い、シータの傍らに突き刺さる。

その衝撃でシータは目を覚ました。


「んんっ…」

辺りをゆっくりと見渡す。

しばらく状況が見えないでいたが、自然と涙を流していた。


「わたし、気を失っていたはずなのに、お母さんと話している夢を見たの…。そして、怒られた…。『死して一人を救うか、生きて無限の人々を救うのか』って。私のとった行動は完全な正解とは言えないかもしれなかった。ごめんなさい、迷惑をかけて…」


シータの瞳からは、一粒、また一粒と涙が溢れる。

その涙は個体となって、地面を跳ねた。

ルスール譲りの「博愛の涙」といわれる、奇跡の涙だった。

これを飲むと、ほとんどの傷が一瞬にして完治してしまうという。

まさしく奇跡の涙なのだ。


コオチャはその博愛の涙を拾い上げるとシータの手に乗せた。

「行こう!泣いている暇は無いよ。今は戦うんだ。お母さんの為にも、自分の為にも」

シータは涙目でコオチャを見つめながら小さく頷く。


「みんな、すまない。雷神剣の奪還に手を貸してほしい」

コオチャは皆に頭を下げる。

「みずくせぇこと言うんじゃねぇ。さっさと行いくぞ、ダークエルフの里によ」

フィスナーが腕を組みながら答えた。

シータは驚く。

「ダークエルフの里って、西の都でも最高レベルの警戒区域、超危険地帯…」


「そこに、雷神剣が待っている。僕の帰りを…。だけど僕にも数少ない味方がいる。まず、その人とコンタクトをとろう。全てはそこからだ」

全員が大きく頷く。

神器を集め、ラジュクに対抗するしか方法が無い。

もし失敗すれば、それは魔王復活を意味する。


幸福の杖を死守しようとして死した騎士を埋葬すると、足早に第2宮殿跡地を後にした。

向かう先は隣国デファー国に近い、暗黒の森。

その中に目指す目的地はある。

実質 魔王を封じ込めたという神器、雷神剣の眠るところへ…

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