第294話『錆びた剣を再び手に持つ時』

ゼムビエス国首都シャムシングでは、騎士団第25師団の行方を心配する声で溢れていた。


ファミリア団の残虐非道さは、年々誇張されているとはいえ、手口・粗暴は相当酷いという認識は間違って無い。

手段を選ばない統領は近年稀に見る悪党そのものだったからだ。

ギル王は第25師団を気遣う声を耳にする度に心が躍っている。


(早く、騎士団壊滅情報よ来い)

この心境を聞いた者がいたとすれば、ギル王こそファミリア団統領を超える悪党だと思っただろう。


ところが、追徴課税を取りに出発してから約3週間後に、彼らは無事に帰ってきてしまった。

影ながらホッと胸を撫で下ろす民達。

面白くないのはギル王であった。

彼の怒りは頂点に達するが、予想を大きく外れる報告に閉口するしかなかった。


「まずは追徴課税を出せ」

誰もが思っただろう。

第25師団の安否よりも金の方が重要なのかと…

「運搬中に襲われた為ありませぬ」

ギル王の予想通りだったのだろう。

彼らの帰城の様子に、金貨が無い事は知っていたからだ。


「それでおめおめと帰ってきたのか?あぁ?」

彼の持っている酒壷が小刻みに震えている。

ここから、ガントレットを処罰する切り口にしようとしているのだろう。

その様子は誰の目にも手に取るように理解できた。


「ただし!」

突然大きな声でギル王を見上げる。

その視線は王を怯ませるには十分過ぎる。

ガントレットはアール王子とう切り札を持っている限り、気持ちで負けることはない。


「襲われたついでに、ファミリア団を壊滅させてきました」

その言葉に王の間に静寂が訪れる。

誰もが我が耳を疑った。

「荷駄が破壊されてしまったことと、多すぎる金塊があったためそのままにしてあります。至急金塊運搬の手配をお願いいたします」


王は混乱していた。

何が起きたのか理解できないでいる。

罠ではないかと直感で感じ取ると、その運搬の役目をガントレットにさせようと思った。

だが、それよりも先にガントレットが発言する。


「第25師団は多大な損害を受け、機能いたしておりませぬ。しばし休暇をいただきたいと思います」

それでも王は納得してないのを感じ取ると、

「まさか…」

と一際大きい声で牽制し、

「我が国が長年苦しんできた山賊団を壊滅した我々に、直ぐに動けとは命令しないでしょうな」


その言葉にタイミングを外された王は、

「嘘の報告だった場合は…、覚悟が出来ているのだろうな」

と脅しをかけるのが精一杯だ。

「私は逃げも隠れもいたしませぬ。ダーク系種族が加担し、我が国では「禁断」の魔術師までいた。更には劣化とはいえレッドドランまでいたファミリア団を潰せた我らが騎士団は、王の日頃の慈悲深いご指導のおかげで壊滅させる事が出来たと感じております」


ガントレットは再び深く頭を下げる。

その言葉はきつい嫌味に聞こえるはずなのだが、王はワナワナと震えるのが精一杯だった。

禁断という言葉を強調したのは、ゼムビエスも外敵から防衛するには魔術師や司祭などを解禁する必要性があることを指している。

この言葉だけでも嫌味そのものだ。


そして表情を見る限り、山賊団にダーク系種族などの強力なバックアップがあったとは思っていなかったと感じとることができた。

ギルク軍が、秘密裏にファミリア団と結託していたと考えるのが妥当だろう。

これによりアール王子の生存も、ギル王は知らないと予想できた。


「近衛隊に命令する。早馬にてファミリア団アジトへ斥候隊を集発させよ。その後騎士団第26師団は、斥候の情報を元にファミリア団の全財産を没収し運搬せよ」

直ぐに場内にこの噂が広まる。

ギル王は、取りあえず斥候からの報告を待った。


早馬で出発した斥候が、1週間後に戻ってくると、王都シャムシングは更に喧騒に包まれた。

ガントレットの報告が事実だったからだ。

その噂は一気に国内に広まった。

国内は騒然となった。

各所で噂が噂を呼び、ギル王の影は一気に地に落ちてしまう。


その代わりガントレットの名は、より一層支持を集めその地盤は揺ぎ無いものになっていく。

そうなると、城内でもギル王に不満を持つ者達が活気づいてくるのは必然だった。

誰もがガントレットの功績を称え、彼の意見は無視出来なくなってくる。


面白くないのはギル王とその取り巻き達だ。

その中で、何人かがギル王に密室にて進言する。

それを聞いたギル王はニヤリと嫌らしい笑みをこぼしたと言う。


だが城内のネットワークを形成しつつあるガントレットは直ぐにその情報を入手していた。

後手を踏むよりも先手を打つ作戦へと乗り出す。

王に進言があると聞き、ギル王は早速実行しようと興奮気味に王の間に現れた。

既にガントレットは御意の姿勢で待機していた。


見下す視線を向けつつ、

「何の用だ」

と短く高圧的に迎えた。

ガントレットは視線を合わさずうつむいたまま進言する。


「我々騎士団第25師団も、王の御慈悲により回復することが出来たこと感謝いたします」

社交辞令と受け取るギル王は何も答えない。

「そこで、恩に報いるためにも早速活動をしたいと思い、その許可をいただきたいと思います」

くだらないといった表情を見せるギル王。


「まずは北の三大盗賊…、いえ北の二大盗賊のうちの、最大勢力であるダンタリアンを壊滅させに行かせてください」

その言葉にギル王は言葉を失う。


まさか自分が言いつけようとしていた作戦を、当の本人の口から聞かされるとは思ってもいなかったからだ。

軽い混乱状態に陥りながらも、体裁だけは保った。

「ほぉ?調子に乗るのもいいかげんにしたらどうだ?」

明らかに挑発していた。


誰もがガントレットの暴走とも受け止めた。

北の三大盗賊とは、昔から西の都を度々襲いゼムビエスと激しく争いを繰り広げてきた三つの盗賊団を示している。

彼らは西の都北部を広範囲に支配し、それぞれがジィール国にて壊滅させられたデスピトール一味と同程度の規模・組織力を持つ。


三大盗賊の中でも、一番勢力が大きく、その攻撃力はゼムビエス国騎士団にも劣らないと言われる山賊をダンタリアン。

次に勢力が大きく統率力・団結力を兼ね揃えた山賊をレギオン。

一番小さい勢力ながらも一番残虐非道な山賊をファミリアと呼ぶ。


ゼムビエス騎士団最盛期に激しく戦った山賊団達は、一歩も引けを取らず激しく戦ったと言われている。

事実、その戦いに身を投じた騎士団員から聞く話も壮絶なものばかりだ。

だがガントレットは、十分に勝算があると考えている。


まず、当時騎士団は最盛期だったかも知れないが、それは山賊側にも言えることで、今は酷い有様なのはお互いにも言える状況だろう。

それはファミリア団との戦いで身に染みてわかっている。

ギルクがダーク系種族と劣化ドラゴンまで投入した内容を見れば一目瞭然だ。


そこへ、そのダーク系種族との戦いと、魔法を目の当たりにした騎士団の中でも精鋭になった第25師団が、100人程度とは言え戦闘を仕掛けるとなると、兵士の数は関係なくなるだろうし、窮地に追い込まれたとしても一気に壊滅するような事はないし指揮する自信もある。

やはり実践経験が大きくものを言っている。


それにガントレットにはケイトからの秘策もある。

これにより勝機は確実に高まるだろう。

「許可…、いただけないのでしょうか?」

ガントレットは挑発した。

ギル王は立ち上がると怒りで我を忘れたかのように叫びながら命令を下した。


「さっさと倒しに行け!!」

それを聞いたガントレットは冷静に、

「承知いたしました、ギル王」

深く頭を下げる。


そして身のこなしも軽く王の間を後にする。

廊下で待つ大隊長達に直ぐに指令を下した。

3人の大隊長は素早く行動に移していく。

その様子を見ていた近衛隊の一人が急ぎギル王の元に駆け寄る。


(逃げる様子も無く、本気で戦いに行くというのか?)

疑問が頭をよぎると、近衛隊二人を騎士団第25師団に参加させるという命令が下される。

彼らによりガントレット達が何か不穏な動きが無いか、もしくは前に魔法を解禁せよという嫌味の通り、噂される地下組織でもある裏ギルドの協力を得ているのではないかなど確かめる事が出来るだろう。

王はニヤリと笑うと、ガントレットの秘密を暴く事に執着しだした。


この噂もあっという間にゼムビエス全土に広がると、当然のように山賊団ダンタリアンにも情報が入ってきた。

ファミリア団壊滅の噂が消えないうちに、今度は最大勢力である我らに牙を剥くのかと、彼らの戦意は一気に高まっていく。

訓練の再開と厳しい規律が敷かれ、新しい武器、防具、消耗品などの調達など慌しく戦闘準備へと入っていく。


ダンタリアン統領はレギオンにも協力要請をし、承諾される事になった。

合同で訓練をする機会も設け、その活動は活発化していった。

ガントレットはというと、同じく装備と消耗品類の調達を開始し、その間訓練を始める。

表向きは傷の治療などによる休暇明けの為、最低限の体慣らしが必要だというガントレットからの言葉だったが、冷静に見ると時間稼ぎをしているようにも感じ取る事が出来ただろう。


彼は時間により、今回のダンタリアン討伐の情報がある程度浸透するのを待っていた。

それはケイトからの秘策につながるからだ。

1週間ほど準備期間を得ることに成功する。

その間彼の周囲にも動きがあった。

他の師団長から一緒に戦いたいと要請があったのだ。

この話しにギル王は難色を示したと言う。


だが、ガントレットの名声が高まっている今、彼をサポートさせない事は自分を更に窮地に陥れると判断した王は、2個師団だけ許可した。

第26師団と第28師団だ。

他の師団からも要請があったのだが、それを王が許可しなかったのには理由がある。


ゼムビエス騎士団は、全部で30個師団あり、1個師団は100人となっている。

第1から第10師団までは王族が占めており、国が正常に機能していれば精鋭部隊と呼ばれる。

彼らは真っ先に激戦地区へ投入されその真価を発揮するはずだが、今は王族のたまり場と化し、騎士団としては機能していない。


ただし、第1から第3師団だけは、未だに精鋭として認知されている。

ここだけは王が厳しく監視し、唯一頼りにしているとも噂されていた。


第11師団からは貴族が師団長を勤め、団員もその親族だったりこねで入団していたりと内容は酷い有様だ。

最近では戦闘も無くなりまったく出番がない。

給料泥棒と陰口を叩かれ、この部署の解体を検討しているとの噂があるほどだ。


基本的には第1、第5、第10、第15…と5師団置きに区分され、その役割や優先順位が決まっていた。

ガントレット男爵が第25師団なのは、騎士団最下部組織のまとめ役という立場なのも理由となる。

彼の以前の名声では、ここが限界だったのだ。


援軍を認められた第26、第28師団はそういう認識もあり、ガントレット男爵自体に憧れて上位へ行かない者もいるほどだ。

今回の戦いで彼に恩返しをしたいという思いもあるし、彼の戦う姿をこの目に焼き付けたいと思ってもいるだろう。


騎士団削減の話しが実行されたならば、まずは自分達からだったはずなのに、ガントレットのお陰で未だに騎士団でいられているし、以前から何かと助けられたりかばってもらったりしたのも理由だろう。


色んな考察があったのは仕方がなかったのかもしれない。

ある者は国外逃亡を心配し、ある者は地下組織との癒着を心配し、ある者は国の行く末に悲観し自爆するのではないかと噂していたからだ。

それに、本当にファミリアを殲滅するほどの実力があるのかを確かめたい者もいるだろう。


色々な噂が飛び交うなか、ガントレット隊は旅立った。

その情報は山賊団ダンタリアンのアジトに到着する、一週間前には入った。

その後12時間置きには最新情報がもたらされ、陣容や士気など詳細に報告されていく。

短期間でこれだけの情報網を再構築するあたりが、ダンタリアンがただの山賊ではない事をうかがわせた。


日に日に戦意は高まり、予想主戦場の詳細調査や迎え撃つ陣容や配置なども検討され、訓練もけが人が出るほど激しくなっている。

ゼムビエスと激しく抗争していた時期は、1000人強の人数と言われていたが、今ではゼムビエスからの裏金で更に人員が補強され、1200人とも1500人とも噂されている。

そんな彼らにたった300人で勝てるのかと、心配の声が各地に広がった。


ガントレットの行動に、誰もが錆びた剣を再び手に持つ時だと感じ取っていくのであった。

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