第101話『朗報』

現状の確認をしよう。

最左翼では依然として稲妻の騎士第4師団、およそ100人が奮起している。

ここが生命線であり心臓部であり主力である。

彼らは実戦を経験したものが多く、デスピトール軍を遥かに凌ぐ攻撃力と組織力を保っていた。

死傷者数も少なく、司祭団がいればほぼ無敵の軍団だっただろう。

戦闘から2時間近く経過した今では、慢性的な疲れといつ終わるか分らない戦いに集中力が切れ掛かっている。


第4師団右後方に配備された第5師団は、未経験者が多く若輩者もいる。

だが、ほとんどの騎士が初めての実戦で興奮冷めやらぬまま戦闘が続いていて、良い意味で期待を裏切った。

目に見える活躍は第4師団だが、彼らの活躍を支えているのは間違いなく第5師団である。

ライバル心まで芽生えているようで、集中力も保たれていた。

彼らが第4師団で取りこぼした敵兵を殲滅しているうちは大丈夫だろう。

もし第4師団が崩れそうになっても、ある程度は持ちこたえるかもしれない。

それほどまでに奮起しているが、何かの拍子で総崩れになる可能性も秘めている。


第5師団の右後方には首都等から集まった義勇兵が配備されている。

実戦から遠ざかったものが多いが、経験でその穴を埋めているようだ。

彼らは彼らなりに戦い方を進めていて、その辺はテールも黙認していた。

弓を射る者、魔法を唱える者、剣を振るう者…、多種多様である。

が、逆にデスピトール軍は攻めあぐねていた。

どんな攻撃が繰り出されるのかまったく読めないでいるようだ。

迂闊に攻め入ることが出来ない部隊となっている。

この効果は大きく最弱の第6師団の盾にもなり、先導的立場も補っていた。

第4師団とは違う意味で重要な意味を持ち、なおかつ戦争後にも影響を与える為、偶然テールの正面に配置されたことは運が良かった。


そして義勇兵の右後方にいる第6師団。

ここが一番神経を使う部隊である。

彼らが奮起すれば他の部隊を触発することになるし、ここが崩れ始めれば他の部隊に大きな不安を与えることになる。

いわゆるキーマンである。

少年兵すらまじるこの部隊は100%の騎士が初陣であり、統制すら取れてない。

だが、奮起と言う意味では一番成果を上げているかもしれない。


無我夢中とも言えるだろう。

実際何がどうなっているか、理解すらしていない者も多数いるだろう。

そんな彼らだが戦意だけは異常に高かった。

いや、半分は恐怖から来るものかもしれない。

戦意が恐怖に負けないかぎり何とかなるだろう。

その為にも定期的かつ効率良く大型魔法を彼らの前面に打ち出す。

そうすることによりモチベーションを保たせてもいる。

彼らが崩れると総崩れになる可能性があるかぎり、目が離せない部隊である。


そして最右翼が丘を制圧する為の遊撃軍、レスモンドの傭兵団40人である。

彼らは少数精鋭にすることで見事な統制を保ち、多勢であり、地形効果の恩恵を十分に受けているデスピトール軍と、一進一退の攻防を繰り広げている。

勇敢にも何度も攻め上がり、退いては攻め込まれるが、その都度丘の麓で撃退している。

もし、倍の人数を配置できたならば、この戦争は勝利しているかもしれない。

だが、現状では彼らは戦力以上に活躍している。

テールは最悪、丘の麓で持ち堪えてくれさえすれば良いと考えていたほどだ。


敵は焦りを感じ始めている。

この状況が1時間前なら彼らも隙を付いて丘を制圧したかもしれない。

残念ながら体力も気力も限界を超えている。

だが、それでも彼らは丘を駆け上がる。

それは愛国心からなのか忠誠心からなのかはわからない。

彼らを駆り出すそのエネルギーが尽きる前に何とかしたい。


(膠着状態の戦場を一時的に手薄にし、アルシャンを丘に向かわせるか?)

何度、そう思った事か。

だがアルシャンは後方から遠距離支援攻撃をひたすら繰り返している。

その技術、能力は多様で、まさに彼らが戦場を支配していた。

フィスナー団長以下、一糸乱れぬ統率は見事と言うしかない。

敵にもこの部隊がいたなら敗北しているだろうと、断言できるほどにその存在意味は大きい。

第4師団で死傷者が少ないのも、第6師団が奮起できるのも彼らの遠距離攻撃が的確かつ正確だからである。


テールは第4師団とアルシャンだけが、自分の意のままに動かすことが出来る部隊として認識していた。

彼らの活躍がそのまま戦局を有利にも不利にもする。

その意味を十分に認識しつつ、狙うは丘の制圧である。

(後50人…、いや30人でも応援部隊がいれば………)


戦場では敵見方共に慢性的な攻撃に嫌気が見え隠れする。

突きいる隙はある。

(レスモンドの傭兵団を分割させるのはまずかったのか………?)


彼らにもう1部隊遊撃部隊を結成させておきさえすれば、もっと有利に戦争を行えた。

それほどジィール軍の奮闘は凄まじい。

予想を遥かに超える戦果を挙げつつある。


だが、分割させたとはいえ、レスモンドの傭兵団の攻撃力は凄まじいものを感じる。

彼らは個々の戦闘能力においては、最高のものを持っていた。

彼らの中には、自ら囮となり敵をおびき寄せ囲ませる。

そんな戦法をとっている者さえいる。


それほどまでに活躍はめざましい。

彼らの存在はなくてはならなかったものに違いない。

最初こそ部外者が部隊に追加されることに嫌な顔をしていた騎士団だったが、戦闘が始まった瞬間に頼りになる存在として認めさせてしまった。

今では意思の疎通すら感じる。

今考えれば、これはこれで正解だったのかもしれない。




そんな時だった―――




フィスナー団長が見上げる視線の先に―――



有翼竜=ワイバーンの姿を確認したのは―――



「おぉ…、神よ………。知識と宿命を司る氷水賢神『ヴィ・イング』よ。あなたの意であらんことを………」

テールは滅多に口にしない『神』に祈る。


彼が来た。

ワイバーンに乗って彼がやってきた。


ワイバーンは、ぐるりと戦場を旋回すると、デスピトール軍からの弾幕を避けジイール軍上空に留まった。

そこにはコオチャとシータの姿が確認できた。


「サマリア城神官シータです!首都リクレクルは海賊の攻撃を死守しました!!みなさんには帰るべき国があります!帰りを待つ家族が居ます!!!」

シータは叫んだ。

怒号と金属音と魔法の炸裂音にかき消されぬよう、必死に訴えた。


その声は何故か戦場に響き渡り、ほとんどの戦士達に伝えられる。

士気はさらに上がった。

中にはバトル・ハイと呼ばれる極限の興奮状態に陥る者もいた。


それほどまでに、この朗報はジイール軍を活気だてた。

戦局は大きく動き出した。

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