第106話『戦後処理』

「コオチャが帰ってきたぞ!」

タカが補給車を見つけ、見え隠れするシータの姿を見つけると、仲間に向かって叫んだ。

ウルフチームは有無を言わさない手際の良さで、怪我人とダルトンを含め連れ去っていく。


彼らは、前日よりシーク王子の命を受け、海賊団の死体の埋葬と怪我人の保護、そして損害把握を任されていた。

リーダーのシューはサマリア城のルーヴル事務方最高責任者と協力し、城の医療班を怪我人の保護、ウルフチームに損害把握と周辺警備、動ける人に死体の回収と火事の消化に当たってもらう事に決めた。


大怪我をしたものは少ない。

今すぐにも魔法による治療を受けないと、危ない状態にある住人もいる。

医療班にはそこまで回復系魔法を使える者はいない。


そして死体の回収は困難を極めた。

なんせ数が多い。

その為埋葬する場所もない。


ルーヴルは港に残る海賊船に死体を集め、火をつけて海に流す事を提案し、それは実行される事になる。

他に、これだけの死体を処理する方法が見当たらないのも現実だ。


まずはウルフチームによる海賊船内の調査が行われる。

残党の確認が主な内容だ。

シューはチームを二手にわけ、船首の方を自分を含めアラマとカルの3人、船尾の方をJを筆頭にタカとユーイにお願いした。


船内は静かだった。

誰もが慌てて逃げ出したようで、物が散乱し酷い状況だ。

ユーイによる魔法攻撃を受けた船腹には怪我人が出たようで血痕があったが、その場に怪我人はいない。

たいした怪我ではなかったのだろう。

ただし、この攻撃を受けて逃走を決断したに違いない。


船首の方に人はいなかった。

ただし、莫大な金塊が積まれていて、取り合えず船から降ろすことにした。

船尾の方にはとんでもない物が積載されていた。

トロールである。


ただし、幼いようで、戦場に現れたダークトロールの半分程度の大きさだ。

恐らくダークトロール達の子供だろう。

良かったのは肌の色が、通常のトロールの色をしていた。

闇には染まってないようだ。


Jはユーイに相談した。

「どうしましょう?このままと言う訳にはいくまい」

「そうですねぇ。ルーヴル様に問い合わせても答えはでないでしょう。ルシャナ王かシーク王子の帰りを待ちましょう」

「もしかしたら闇に染まっているのかもしれないぞ!」

タカが忠告した。

だがユーイは首を横に振ると、

「大丈夫ですよ」

とだけ言うとその場を去った。


鉄格子は強力なものが取り付けられていて、いくらトロールでも破壊する事は出来ない。

それにひどく怯えている。

トロールはもともと臆病な性格だ。

下手に刺激して暴れられる方が心配で、ここは穏便に運びたいところである。


船内の探索が終了すると、金塊と引き換えに死体が船首の方から運ばれた。

この作業は交代制で数日かかることになった。


治療室に運ばれたコオチャは、医療班による懸命な応急処置を施される。

再度全身に包帯を巻き、酷い怪我には止血など行われる。

その時、タイミングよく自由の神殿からの司祭団が到着した。


「長老ミトエベ様…」

司祭団の最高責任者に、ルーヴルが駆け寄った。

100年を生きていると言われる長老に、現状の報告と怪我人の治療をお願いした。


「シータはどうした?」

彼女はここ半年ほど神殿にて修行をしている。

神殿出身者として、唯一戦いに参加したシータの安否は気にしている。

だが、彼女はコオチャを医療班に任せると何処かに姿を消していた。


取り敢えず長老は、怪我人を手当たり次第治療するよう命令した。

王の間である大広間には、無数の怪我人が横たわっている。

その中にシータの姿を見つけた。


「大丈夫です。もうすぐ神殿から司祭団が来ますから…」

彼女は回復魔法を唱えられない状況にある。

休み無く戦った体は限界を超えようとしていた。

時々悪寒、吐き気や目眩がする。


しかし、目の前の怪我人を見放すことが出来ない。

今は自分に出来ることを精一杯やる。

そんな気持から病人を励ましていた。

一刻を争う怪我人もいる。

何も出来ないシータは悔しさと共に力不足を感じた。


そこへ、長老が歩み寄る。

シータは近付く気配に気付く。

「長老様………」

涙がこぼれる。

その想いは愛に満ちていた。


「何も語らずとも良い。ここからはワシらに任せろ」

頷きながらシータは、長老の体に泣き崩れた。

「沢山の人が目の前で死にました。沢山の人を助けられませんでした…」

「一人で出来る事には限界がある。おぬしは頑張ったぞ」

長老は優しくシータの想いを受け止めた。


「違うの…、怖かったの…、逃げ出したいって思ったの………」

「けれど、逃げなかった。それで良いではないか」

彼女は恐怖とも戦った。

いや、彼女だけではない。

迫り来る大軍に立ち向かったどの者もそうだったに違いない。


「そうやって人間は強くなるのじゃ」

シータは泣きながら何度も頷いた。

とどめていた想いが弾ける。


そんなシータの声を周りで治療をしている仲間が聞いていた。

彼女が感じた恐怖を知る事は出来ない。

だが、その重みは理解した。

少女に尊敬の念を抱くと共に、彼女の大きな存在を再確認した。

誰もが自分には不可能だと感じたからだ。


「アルシャン団長到着!」

「城門前にも怪我人がいるぞ!」

「消火活動終了です!」

「シーク王子目覚めました!」


城内は騒然としていた。

戦後処理に追われ、誰もが忙しい状況で情報が錯綜する。

さらに城内では首都に住む住民が溢れ、混乱の一つになっていた。


コオチャは司祭団の懸命の治療の甲斐があって、意識を取り戻せた。

実に戦闘終了後から半日寝ていたことになる。

医療班の制止を優しく断ると、全身に痛みが走るのにお構いなく城内を歩き回った。

すぐさま首都の住民に囲まれるとお礼など感謝の言葉がかけられる。

一々頷きながら話を聞く。


「しかし…」

コオチャは切りの良いところで話を打ち切ると、突如大き目の声で話しかけた。

「皆さんが大変なのはこれからです。力及ばず首都は焼かれました。だけど、皆生きています。復興の為、協力して下さい!」

オォォォォォッ


住民達は安堵した。

神がかり的な力を発揮したシーク王子は、いつもと何も変わることなく、その笑顔を覗かせている。

それは、彼に一生ついていっても良いと感じる笑顔だった。


大歓声の中、住民達の中を通り過ぎウルフチームの仲間と会う。

「ありがとうございました」

コオチャは皆の顔をみるなり、そう言った。

「何を言っているのです?最初に助けられたのはわたし達です。そして、先ほどの戦いでも助けられました」

リーダーのシューは深くサマリア式の敬礼した。

他の仲間もならう。


「硬いことは抜きにして、みんなが無事で良かった」

はにかんだその笑顔を、チームの面々は一生忘れることはなかった。

「もう少し、手伝いをしてほしい」

生死を共にした仲間は尽きることのない夢を語り合った。

笑いの尽きない部屋は時間を立つのも忘れた。


「そうだ。忘れるところだった。トロールの子供が海賊船内にいるんだ」

ユーイが思い出したように言った。

海賊船に敵の死体を積んでいるのは知っていた。

その中にトロールが…?

「いかがいたしましょう」

シューは王子としての見解を求めた。

「行こう」

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