第14章『波状攻撃再び』
第234話『サマリアの危機、再び』
「シータ様!アレは…」
ワイバーン偵察部隊と飛行していたシータは、キルス山脈を越えようとして後方のワイバーン部隊隊員に止められる。
背後のニルス山脈の向こうには、右手に聖域方面に要塞レスモンドが見え、その更に遠くには自由の神殿が見える。
左手には、海とデスピトール一味との決戦場だった森林が広がり、奥には砂漠が広がる。
その砂漠から、国境付近にかけて砂塵が舞っているのが確認出来た。
この風景は昔見たことがある。
二つの塔にて、黒の戦士ギャグ・ギャラックを打ち破った後に、コオチャとワイバーンに乗って帰城しようとしていた時の風景だ。
慌てて海を見渡すが船影は無い。
「レスモンドへ応援要請しに行った隊員からも報告があると思いますが、こちらからもテール様に報告しましょう」
発見した隊員は空中で静止飛行していたワイバーンを、急ぎサマリア城へ向けて飛んでいく。
「先を急ぎます」
あの時の惨劇を思い出したシータ達は、急ぎ偵察に向けて二つの塔を目指した。
遠目には、黒い影が塔周辺に蠢いているのが確認出来ていたのだった。
ここ要塞レスモンドでは、旅立ちの準備をしているパーティがいる。
「村長殿。短い間でしたがお世話になりました。私達二人は恐らくこのまま登城という事になります」
無言で感慨深く頷くレスモンド村長エルガンは、激変しながら生まれ変わるレスモンドを、上手くリードし続けた功績を残した人物だ。
その彼が、ここまで無事に辿り着けたのは、自分の力だけではなく、優秀な村長補佐と、熱い志を持った若き村民の想いがあってこそだと思っている。
その中の一人は、間違いなく目の前にいる、質素なローブをまとう短髪で長身のマースだとも思っていた。
「ガルバ様に続き、マース殿まで居なくなると正直不安じゃ。だが、二人が残した言葉や想いは、間違いなく受け継がれていくとワシは信じておる。お主は安心して旅立つが良い。そして、この地にまで名前が轟くよう、精進せよ」
がっしりと握手をする。
村長は隣に立つ、長髪長身の義盗賊キーンにも握手を求めた。
「お主の志が本物だと、ワシは感じておる。周囲の雑音など気にせずに、存分に活躍してこい。ワシはお前の真っ直ぐな眼が好きじゃった。その眼を大切にな」
村長の思わぬ言葉に、キーンは胸の内が熱くなるのを感じた。
他人に認められるということは難しいことだ。
この場合は冒険者という大きな枠になるが、村長とて歴戦の戦士である。
多くの義盗賊を見てきたに違いない。
その経験から先程の言葉が出たのならば、キーンは胸を張って義盗賊団アルシャンに赴けるだろう。
更に村長エルガンは、キャハラにも握手を求めてきた。
「俺は出ていったりしないよ…」
そう言いながら慌てるキャハラをよそに、握手を交わす。
「ワシはお主らの事を、マース達の想いを色濃く受け継いでいると思っておる。これからもレスモンドの為、ジイール国の為に頑張って欲しい。そして、キャハラには村長補佐を任命する。よろしく頼むぞ」
村長は事前にマースに相談していた。
マースが抜けた後の後任は、誰が良いかという内容だ。
その事についてマースは、キャハラを即答で指名した。
これには村長も驚いたが、彼がここ1年で急速にリーダーの素質を身に付けていたこと、そして心強い仲間を既に手に入れた事を話した。
それにミューとの婚約も近いかもしれないとなると、彼らはレスモンドに長く居る事になるだろう。
村長補佐としての素質は、今のところ大きく期待出来ないかもしれないが、長い目で見れば大きな収穫になるかもしれない。
レスモンドの住民は傭兵である。
各地に赴き、都合の良い場所があれば移住する可能性は高い。
戦闘での死亡率も高い事から、長く住み着く住民は少ないのが現状だ。
そういった意味から、村内住民同士で結婚し子孫を残してくれる事は、村を管理運営する側からは嬉しいことだ。
色んな思惑があるが、村長は単純にキャハラに期待していた。
ガルバ師匠ことアンスラックス様や、コオチャ現国王、マースと言った偉人達と行動を共にし、思想は受け継いでいると予想する。
例えば行動に迷った時でも、彼らならどうしただろうと想像するだろう。
急な握手に戸惑いながらも、村長の言葉を聞くと落ち着きを取り戻した。
「まだまだヒヨッコですが、宜しくお願いします」
そう答えたキャハラは、今までよりも一回り大きく村長の目には映っていた。
そんな時である。
上空にワイバーンが接近して来た事を、キーンがいち早く告げる。
「あれは…、サマリア城のワイバーン部隊じゃないか?」
二人乗り用の鞍の下部、つまりワイバーンの腹部には、サマリアの紋章の刺繍が施されている。
一目で、サマリア城からの使者だと理解出来るようになっている。
ゆっくりと広場に着地すると、エルナイトよりは軽装備の騎士風の男が降りてくる。
使者は村長エルガンの顔を知っていたのか、真っ直ぐに向かってきた。
「テール様より信書を預かっております。エルガン殿意外は封を開けられませぬ。読まれたらサインのうえ、返却してください」
エルガンは直ぐに緊急事態だと察知した。
マース隊のメンバーも同じ感触を得た。
尊重が信書を受け取ると、ゆっくりと封を開ける。
マースには薄っすらと封印が解けるのが見えた。
中の書類を取り出し一読すると、直ぐにサインをし、再び封筒の中に書類を収める。
すると再び封印が施されるのが確認出来た。
「急ぎお願いしたい。それと、レスモンドに来る道中、フェルグラン砂漠方面に砂塵を確認いたしました。これはあの時に似た状況でございます。急ぎテール様に報告します。次の指示を待たれたい」
「承知した。急ぎ意見をまとめ準備を整えよう。テール様の指示も待つが、非常事態には臨機応変に動く事をお伝え願いたい」
そうエルガンが答えると、使者は深く礼をした。
「済まぬ…」
そして足早にワイバーンに乗り込むと、急旋回をしながらサマリア城へと帰っていった。
「戦火はどこに…?」
マースは旅立つ直前ではあったが、ただならぬ雰囲気に大事だと予想する。
しかも「あの時と同じ状況」の「あの時」とは、デスピトール一味との戦いを思い出さずにはいられない。
「戦火は二つの塔じゃ。そして未確認部隊が、フェルグラン砂漠よりこちらへ向かっているらしい」
村長は直ぐに村長補佐10人を収集した。
その中にはマースとキャハラも含まれている。
村長宅に集結した補佐11人は、テールから来た手紙について説明を受ける。
「度々の緊急事態だが、皆の意見を聞きたい。テール様からの依頼は、『二つの塔にて不穏な動きを察知いたしました。今後の不測の事態に備え戦闘準備及び王都集結をお願いしたい』というものである。これについて、レスモンドとしての賛否を打診された」
この言葉の後には、またかという小言も聞こえるほどだ。
不穏な空気の中、バンッと両手で机を叩きながらキャハラが立ち上がる。
「この中で、国が滅びても自分が生きていれば良いという奴は挙手しな。そうじゃ無ければ、テール様の要請に答えるのが最善の手だろ!」
彼の極端とも取れる発言に、年のいった補佐からはしらけた視線が帰ってくる。
「若造よ。今までは、半ば強引に我々は戦闘に参加してきた。十分義理も果たしているのではないか?何故ワシらのような傭兵風情に声がかかるのか理解出来ん…」
その言葉に、マースは気絶しそうになるほどの目眩を起こす。
だが、そんな感情は一瞬で吹き飛んだ。
キャハラは目の前のテーブルを引っくり返すと、補佐達で作られた輪の中心に踊り出る。
「大馬鹿やろう!!!」
引っくり返したテーブルに、右足をドンッと勢い良く乗せる。
「自分達だけの力で、このレスモンドで生活していると勘違いしていないか?確かにガルバ師匠もコオチャ様も攻撃的な王だ。だが、それだけ我が国は狙われているって事じゃないのかい?それにサマリアの王達は見返りもちゃんとしているではないか!?」
その言葉に誰も異論は無い。
嫌なら国外へ出て行けば良い。
それ程の内容だからだ。
だが、老人達は首を立てに振ろうとはしなかった。
「もしかして…。補佐達は知らないかな?他国から見た我らが国の評判を」
キャハラは睨み返す。
誰も視線を合わそうとはしなかった。
老人達は、国外にまで赴いて仕事をしようとは思っていないから、他国の情報に疎い。
「ならば教えてあげようか。『ジイールはサマリアの谷に引っ込まなければ何も出来ない国』だそうだ」
老人達は目が飛び出るほど驚いていた。
「俺は反論した。昨今の戦果を見よと。しかし彼らは、王や一部の者の活躍だと結論付けていた。我ら住民は戦闘手段を忘れ、金儲けばかり考えていると…」
キャハラの半ば強引とも思える言葉だったが、老人達の戦士魂に火を付けるには十分過ぎた。
「若造…。その話し本当だな?」
キャハラはゆっくりと頷く。
マースは内心、またとんでもない事を言ってのけたと思ったが、その内容のほとんどは合っている。
他国に行けば、5年ほど前まではそう言われていたのは間違いない。
だがジイール国は、最近の活躍に西の都の勢力図が変わってきたと囁かれているほど成長しているというのが、今の風評だ。
しかし、自国から離れようともしない老人達には、5年前の情報が丁度いいのかもしれない。
荒治療だが、最初から計算して言ったのならば、キャハラもなかなかやるなとマースと村長は思っていた。
老人達が立ち上がる。
「ワシらは長い間、閉じこもり過ぎたのかもしれん。我々はもっと奮起し、サマリア創世記を彷彿とさせる活躍をせねば死に切れんぞ!」
決断は下された。
理由はどうあれ、要塞レスモンドは全兵力を繰り出すことは決定した。
だが村長エルガンは、一つ気になることがあった。
「一つ気になることがあるのだが…。フェルグラン砂漠からの未確認部隊はどうしようか皆の意見を…」
そこまで言った時、超保守派だった老人の一人が立ち上がった。
「迎え撃つに決まっておるじゃろ。無理な規模なら引きながら誘い込み、王都からの本体と叩けば良いことじゃ」
「………。あ…、そそそ、そうじゃな」
「村長頼むぞ?しっかりしてくれ」
「しょ…、承知した。こ…、これより要塞レスモンドは全兵力を持ってフェルグラン砂漠からの未確認部隊を迎え撃つ!皆、戦闘準備を開始せよ!!」
「オォォォォォーーーー!!!」
かつて無い雄叫びが村長室に響き渡ると、補佐達は一斉に各所に散らばり指示を飛ばした。
要塞レスモンドは、過去に例をみないほどの喧騒に包まれる。
呆気に取られている村長は、情けない顔をしながらマースの顔を見た。
マースもまた、村長の顔を見ると思わず噴出してしまった。
今回の立役者であるキャハラは、短い溜息をつく。
「さ、俺達も準備をしよう」
とマースの左肩をポンッと叩いた。
頼もしく感じるキャハラにマースがついていく。
そして聞いてみた。
「さっきの言葉は…」
「あぁ、聞いたままを伝えただけだよ」
マースは開いた口が開かなかった。
その情報は、5年前のものだと知らせようと思ったけど止めた。
彼は憎めない愛嬌と、不思議な運を持ち合わせている。
マースが悩んでいる時も、何気ない一言に助かった事も多々あった。
本人にはその自覚は無いだろう。
だが、強運とも言えるその偶然は、実演しようとしても真似は出来ない。
そんなキャハラの後を付いていきながら、彼について考えるのをやめた。
そして、フェルグラン砂漠より来訪する、未確認部隊について思慮をめぐらし始めた。
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