第108話『戦いが残したもの』

「私ね、本当は怖かったの…」

シータは静かに想いの内を語った。

コオチャは、ぼんやり城下を眺めつつその話を聞いている。


彼女はルシャナ王と黒の戦士が戦った時も、ウルフチームとして海賊と戦った時も、そして騎士団とデスピトール一味が戦った時も、逃げ出しそうになる自分がいたと告白した。


「そんなのは皆同じさ。僕だって、本当は足がすくみそうだったんだ」

今更そんな事を言っても信憑性はない。

それは彼の活躍を見れば一目瞭然だ。


「本当だよ?けど…」

「けど?」

「けど、守りたかったんだ」


その気持ちの大きさが、恐怖に打ち勝てたのだと言いたかった様だ。

「私は…、コオチャに付いて行くって決めたの。その事だけを考えたの。そしたら少し気持ちが楽になって…。もし、コオチャが倒れることがあれば、それは私も同じ…」


「そんなの駄目だ」

「ううん。いいの」

「駄目だよ。僕が守りたいのは、国や仲間はもちろんだけど…、シータの事を守りたかったんだ…」


そう言ったコオチャは照れくさそうな笑顔をしていた。

そこにシータは飛びついた。

「バカバカバカッ!」

大泣きするシータ。


コオチャは優しく彼女を包み込んだ。

シータは想いっきり抱きついた。

鼓動が伝わる。

二人は見つめ合って…


ヒュルルルルルルルルルッ………――――パァッン!


大きな花火が打ち上げられる。

それは戦争の終結と、勝利を称えるものだった。

見つめ合っていた二人は、急に照れくさくなって城下を見下ろした。

そこには、デスピトール一味殲滅から凱旋帰国する、テール達騎士団の行進が続いている。


堂々とした騎士団の姿、勇敢に立ち上がった義勇兵の雄叫びは、もぎっとった勝利の大きさを誰もが感じた。

邪魔された二人だったが、再び見つめ合うと思わず吹き出し笑っていた。


数日後にはルシャナ王をはじめとする騎士団が帰国する。

詳細はすぐに王に伝わり、ジイール建国以来の危機を乗り切った部下達に礼を言った。

そして、殉職した仲間に黙祷をささげた。


王からはデファーの状況が説明される。

それはジイール以上に悲惨なものだった。

ルシファー王女のこれからを心配する声が飛び交う。


その愛くるしい行動や発言はジイール国民には深く浸透している。

とても親しみやすい存在だ。

そして民は知っていた。

ルシャナ王が密かにルシファー王女に恋心を持っていたことを…


民はルシャナ王がデファー国へ行くことに反対しなかった。

数日後にはデファー国最高司祭ラーファから正式にオファーがくる。

ルシャナは色々な問題や準備があるなか、とにかく行くことに決めた。


「済まない。こんな形でコオチャに王位を譲る気はなかったのだが…。しかも、戦後処理で忙しいときに…」

ルシャナはデファーの事情を優先した形となった事に、引け目を感じているようだ。

「何を言っているんだ。早く行ったほうがいい。大勢の人を救える立場なら、ジイールだってデファーだって関係ないよ。落ち着いたら、改めて帰ってくればいい。その時に王位継承をすればいいじゃないか」


コオチャは国政よりも、国そのものを心配していた。

彼ならではの発想である。

今はジイールがどうの、デファーがどうのと言っている場合じゃない。


その発言は直ぐに民に伝わる。

首都を含め、ジイールに住む住民は安堵した。

我が国には、偉大なる王が二人もいることを。


ルシャナはデファー国復興の為、稲妻の騎士第1師団をつれていった。

そこにはマークもいる。

彼らはたった1週間でデファー国首都デミックを、機能が回復するまでに至らせた。その手腕は見事であり、あっというまに人心掌握に成功してしまう。


正式なデファー国王となることを望む声が日に日に増してくる。

ルシャナは、前国王ジットの一人娘、ルシファー王女と婚約を発表し王位を継承することを誓った。

デファー国は、確実にその歩みを正し始めた。


ジイール国では、ルシャナの正式な王位継承が伝わると、一時的な帰国を要請し正式な王位継承を行った。

10代目ルシャナ王から、11代目シーク王の誕生となる。


皮肉にも、表舞台に現れてから包帯の取れない体で演説したシーク王子は、ジイール国全土からあつまった国民に向かって、自由と平和の尊重を改めて誓った。

そして1年以内に首都を完全に復活する事も約束した。


高々と掲げられた雷神剣は、太陽の光にも負けないほどの光を放ち、ジiール国の新たな歴史が刻まれたことを、その場にいた者に知らしめた。

だが、一つ問題がある。


父より受け継いだギルク討伐の件だ。

だがテールは、コオチャの怪我を利用し、影武者を育てることにした。

コオチャの身振り手振りを真似し、その場しのぎでもかまわないから、あらゆる手段を考える。


悩めるテールに司祭団の長老ミトエベが言った。

「神殿に伝わる伝承が始まろうとしている。その気配を日増しに感じておる。それはおぬしが抱える悩みとつながっておるじゃろう」

自由の神殿は司祭の育成に加え、国のまつりごとや、行く末についてもつねに監視をしている。

長老の言葉は遅かれ速かれ現実味を帯びることは間違いない。

テールは、それまではコオチャとシーク王子としての、一人二役を強行することに決めた。


しかし今は、首都再生が大重要課題である。

要塞レスモンドには、コオチャはデスピトール一味の総帥を倒した本人として、その怪我が回復するまで城で治療に専念してもらうと伝えた。

村長のエルガンはその言葉を村の名誉と共に、コオチャの事をお願いした。


結論だけが他の村長補佐に伝えられる形となった。

ガルバ達は一方的な内容に不満があったが、コオチャが無事なら取り敢えず良しとした。

気長に待つことにする。

だが、残念なことが三つあった。


一つ目はダルトンの遺体は、城で合同の葬式を挙げると告げられた。

仲間だったダルトンを自分達の近くに、そして自分達で別れを告げたかっただけに残念だった。


二つ目は、ミューの毒は司祭団の手によって除去されたが、不運にも呪いもかけられていることが判明した。

体調が崩れ始めてから1週間程度でその呪いを受け死に至ると言う。

その発動時期は不明で、この呪いを除去することは自由の神殿では無理だと言われた。

だが城より、司祭王国デファーの英雄司祭であり最高司祭のラーファに向けて、呪いの除去をお願いする内容の書見を送る事を約束してもらう。

ただしデファーも大変な時期なのは間違いなく、その約束がいつ実行されるかは不明である。


三つ目はヨウメイが国に帰ることに決めた事だ。

東洋の僧として何かと苦労が絶えなかった彼だが、今回の活躍でその存在が大きくなり、帰国を思い直すよう色んな人に嘆願された。

だが、彼の意思は固く、戦争終了から3日も経たないうちに村を出た。

せめてコオチャが帰ってくるまで待ってくれとガルバはお願いしたが、聞き入れてくれなかった。


要塞レスモンドとしても、多数の死傷者を出しており、自分達の力を確認できた者が多く、今までよりも更に活動が活発になる。

そしてその活躍が西の都全土にまで広まることになる。


こうしてジイール国を中心とし、西の都中に緊張を走らせた一連の戦争は終結した。

今回の戦いで都内の勢力図は大きく変わった。

最弱と呼ばれていたジイール国は雷神剣を世に知らしめ、その使い手シーク王子の名は世界に広まることになる。


稲妻の騎士団の復活も見逃せない。

そして、神官少女シータ、宮廷魔術師テールと息子ユーイの力は、剣と攻撃魔法、回復魔法とバランスよく生存する力にどの国も恐怖した。

それは弱点がないことを意味するからだ。


そして、西の都近辺では最強の山賊団デスピトール一味の殲滅は、西の都自体の勢力を伸ばすことを意味した。

今まで遠回りしていた道を開拓し、近隣諸国との貿易を可能にする。

ますます国力は強まるだろう。

しかも、撃退した海賊団は西海ではナンバー1の海賊団「ラグナドール」だったことが判明し、更にその戦争の意味を膨らませることになる。


他国は注目した。

唯一の集合国が形成する都に。

特に特徴もなかった都は、剣と魔法の都として改めて再認識されることとなった。

その中心には常にシーク王と雷神剣の名が語られる事となった。

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