第241話『リアルな現実』

二つの塔では、ケルベロスが新たな決断を強いられていた。

ジイール軍偵察ワイバーン部隊と共に、三つ目の流星として、精霊もやってきたからだ。


相手は古の文献にのみ存在が確認されている、狼の体に羽が生えた精霊だ。

ケルベロス自身も、彼を聞き知っていた。

「雷風精獣キメラよ!協力してケルベロスを撃退しましょう!!」

シータから竜線士達へ激が飛ぶ。


それを受け竜戦士達の気力が高まる。

今まで彼らに欠けていた、圧倒的な攻撃力と、目では追えないほどのスピードを兼ね揃えた仲間が加わったからだ。

下界の評価では、ケルベロスとキメラが単純に勝負したならば、ケルベロスに軍配が上がると答えるだろう。

だがここに、竜戦士という、下界でも屈指の兵が加わると話が変わってくる。


神器に勝るとも劣らない力を秘めるフレイムソードを操り、ワイバーンをも心を通じさせる戦士カーナ、

その魔力はテールとも比較されるほどに成長した魔術師ヨシカ、

一介の商人を超えたパワーを持ち、その指揮には定評のあるハマーと弓と短剣使いのロセ、

武闘家という己の肉体を武器に戦い、風系魔法を使う風、

英雄司祭と詠われ司祭系の頂点を極めようとするシータ、

そしてブラックエルフとなり射手としては超一流の業を持つミル。


彼ら6人は、幾多の試練を乗り越えてきた仲間だ。

昨日今日出会ったわけではない。

直ぐにケルベロスを囲むように陣を取る。

正面にはカーナ、右辺に風、左辺にはハマーとロセ、上空にはキメラが睨みを効かし、カーナの後方にはシータが浮かぶ。


右辺の暗黒の森では、エルフの得意分野である木々を利用しながら、ミルが狙いをさだめ、ハマーの後ろにはヨシカが魔力を高めつつ控えている。

この状況の中でもケルベロスは冷静だった。

気力、魔力共に高い。

その威圧感は他を寄せ付けないほどだ。


ハマーと風とカーナが、ほぼ同時に攻撃の構えをする。

それを合図に、ケルベロスとの距離を一気に縮めてきた。

その間にもミル、ロセ、ヨシカの援護射撃が繰り出される。

更に言うならば、ケルベロス周辺を筒状で魔法による結界がシータにより展開されていた。


だがケルベロスは、誰もが驚く行動を彼は取った。

なんと、垂直にジャンプし竜戦士達の攻撃を一度に交わすと共に、キメラに対して攻撃をしかけてきた。

ヨシカの魔法攻撃は、垂直に方向を変えケルベロスを追撃する。

ケルベロスは、そんな事はお構いなしにキメラに急接近すると、超至近距離で方向を変えた。


本来ならば真っ直ぐ飛ぶ魔法だが、ヨシカは自由に方向を変える事が出来る。

ある程度予測していたのか、彼は慌てずにケルベロスを追撃した。

ヒットするものの、大したダメージは与えられない。

もともと威嚇を主とし威力は小さい。


地面に降り立ったケルベロスに対し、再び近接武器を持った竜線士達が襲い掛かる。

素早い動きで交わしつつ、三つの頭が各々に襲い掛かる。

隙間を縫うように矢が飛び交い、ケルベロスは反撃を行なう隙が無い。

しかし、キメラが戦いの輪に参加してこないうちは、ある程度の余裕があるようにも見えた。


観察をしていたのか、しばらくキメラは上空よりケルベロスの動きを見ていたが、不意に地上に降り立つと、一番背の高いハマーの背後より突如襲いかかる。

首筋に喰らいつこうとしたが、ファイアーボールが至近距離で炸裂する。

目暗ましにもなったが、風の起こした旋風で視界は直ぐにクリアになる。

お互い狙っていたのか、キメラとケルベロスが素早く激しく交差していた。


ザンッ!!!

ケルベロスの背中には大きな3本の爪跡がついていた。

傷は浅いかもしれないが、初めて彼に直接的なダメージを与えた事になる。

休ませる暇無く竜線士達も追撃する。


体の一部でも見えれば短剣や矢による遠距離攻撃が容赦なく襲いかかり、ヨシカの攻撃魔法は鋭く方向を変えながら次々と撃ち込まれる。

地面に降り立てば竜線士達が、空中に逃げてもキメラが攻撃をしかけ、まさに四面楚歌となった。


突如キメラから雷属性の魔法攻撃が開始されると、ますますケルベロスは防戦一方となる。

矢よりも鋭く、剣よりも破壊力が高い彼の魔法攻撃は、ケルベロスに決断を迫るものであった。


ドフーーーーーーン!!!

流れを断ち切るかのように、ケルベロス周辺に熱気を帯びた爆風が起きる。

直ぐにシータが、ドーム状に魔法防御壁を展開し仲間への被害を食い止める。

ワオオオォォォオォォォォォォーーーーーーーーン

中から雄叫びが響き、周囲にこだまする。

その一吠えで空気が変わった。


今まで手出ししなかった、いや、出来なかった魔族達に気迫が蘇り、目は悪魔特有の黄色をしている。

鼻息も荒く殺意丸出しで各々武器を取る。

魔法防御壁からゆっくりと出てきたケルベロスを先頭に、ゆっくりと前進を始めた。

竜線士達は少なからず焦った。ケルベロスだけでもとどめを刺せないでいる状態で、何千いるかも分からない魔族が加わるとなると形勢は逆転したようにみえる。

刹那、ケルベロスは誰の目にも映る事の無い速度でダッシュすると、最後方のシータに向かって突撃を行なう。

不意を突かれた状態だったが、シータは冷静に聖属性物理防御壁を展開する。

ガッッッッッッッキーーーーーーーン


激しく乾いた激突音が響いた。

よく見ないと見落としてしまいそうな小さな妖精が、数百倍も大きく獰猛なケルベロスの突撃を防いでいた。

シータの目の前には、自分を軽く噛み砕ける牙が見える。


ケルベロスは気付いていた。

彼女が展開した物理魔法防御壁を破ることは出来ないことと、自分の背後にいる下界の者の武器が、目の前の妖精により聖属性付与が行なわれていることを。


彼は迷ったのかもしれない。

その一瞬の隙をキメラに見破られた。

突然体が持ち上がった感触を受けたかと思うと、竜巻に巻き込まれながら上昇していくのがわかった。

キメラの目の前まで上昇すると、今度は稲妻がケルベロスへ降り注ぐ。


逃げるどころか、身動きも取れないケルベロスに激しく稲妻が炸裂し続けた。

ふとキメラの攻撃が止んだ時は、そこにはケルベロスの姿は無い。

残ったのは、闇属性へと無理やりされた魔族達の一軍だった。


一方、テール率いるジイール軍。

ヒューーーーーーーーン …………… ドッッッッッコーーーーーーン

巨大な岩が戦場を飛び交い、ジイール軍はその恐怖にも耐えなければならなかった。

例えトロールであっても、防げないほどの大きな岩だ。

それがいつ自分に向かって飛んでくるのか。

それと同時に、目の前のハイ・オークの強烈な攻撃をも防がなければならない。


騎士団2個師団と、要塞レスモンドの傭兵を主体としたジイール軍は、かつて無い魔族の力に押され気味となっていた。

最初こそまったく関係の無いところに飛んでいった投石器からの岩だったが、10回も撃ってくると精度を上げてきている。


最初の直撃は、ジイール軍最右翼部だったが、大岩が通り過ぎた後には、生きている者はいない。

それどころか、誰なのか判別がつかないほど粉々にされていた。


テールはユーイと打合せを行い、直撃の岩に対しては、まずテールが大型魔弾を打ち込み岩を破壊し、降り注ぐ小・中程度の岩をユーイが魔弾にて破壊することにした。

防衛策としては良い考えだったが、それでも被害を無くす事は出来ない。

拳程度の岩の雨が降り注ぐ結果となったが、巨大なまま直撃するよりはマシな程度だ。


だがギルク軍は投石器をもう1台投入し、更に1度に2個の岩を飛ばしてくるようになった。

こうなるとジイール軍魔術師部隊は、岩に集中しなくてはならなくなり、ギルク軍の魔法部隊を活気付かせてしまった。


前線ではギルク軍大将達が大暴れし、一向に苦しい現状を打破出来ない。

右翼カル部隊は、巨大岩の攻撃を最初に受けながらも、何とか体裁を保っている。

精神的なショックは計り知れないなか、彼女の負けん気の強さが部隊に浸透しているようにも見える。

時折放つ、カルの特殊魔法は、士気を高めるほどの破壊力を持っている。

だが月の無い日中に、いつまで彼女の魔法が続くかは本人にしか分からないだろう。


隣で戦うエルナイト第3師団は、さすがと思わせる戦いをしていた。

新たに現れたハイ・オークに対しても冷静に対処している。

この部隊は、もう少しでエリート部隊と認められる第2師団の入団予備軍でもあることから、変わった雰囲気を持つ事が多い。

第3師団長は陽気で明るい男だが、若さに似合わず笑顔の下ではしたたかに戦局をリードさせている。


中央にはアラマ部隊が善戦していた。

両サイドの騎士団をもサポートし、前線全体に影響を及ぼすほどの働きだ。

最初こそ複雑な動きに戸惑う傭兵達だったが、目に見えて戦果が上がってくると、アラマの指示を忠実にこなしていく。

ただし彼らの前にはギルク軍の精鋭が集まっているため、個々の戦いでは善戦していたが、全体的には苦戦を強いられていた。


その左隣には、エルナイト第4師団が奮起している。

彼らは成長期とも言える騎士がほとんどで、本来ならば今回の敵陣容では厳しい戦いを迫られただろう。

だが彼らは、前回のサマリアの危機の時にデスピトール一味との戦いを経験した者がほとんどで、その経験が生かされていた。

前回よりも勝手の違う厳しい戦局に、彼らがいつまで耐えられるかは不明である。


最左翼には、タカ部隊が展開し、猛烈に攻撃をしかけている。

タカ自身の、更に磨きのかかった個人技は他を寄せ付けないほどだ。

その迫力と勢いに釣られる様に、傭兵達が突撃を繰り返す。

その勢いは半端ではないが、このペースをいつまで維持できるかがポイントとなるだろう。


そんな戦局を見極めた6大精霊王と謳われるテールではあったが、この時ばかりは退却を具体的に考えていた。

デスピトール戦の時は、一進一退という言葉の通りの展開だったが、今回は1歩進んで2歩後退している状況だ。


ダーク系種族に加え、今まで魔族全体として不足していた、大量かつ強力な戦闘員が配備されたことにより、より一層軍隊としての機能を高めた。

強烈なパワーを撒き散らすダークトロール、残忍で容赦のない魔法や弓矢で遠距離攻撃をしかけるダークエルフ、そして大量に投入された前衛ハイ・オークのバランスは予想以上に手強い。


強烈なパワーも残忍な遠距離攻撃も、前衛がゴブリン、オーク程度ならば蹴散らしながらも注意出来る。

だが、ハイ・オークの強烈で死を恐れない突撃力は、今までに無かったものだ。


テールとしては一度退却し、場の雰囲気を変えたかった。

そうする事により、新たな恐怖に対抗出来る勇気を与えられる。

本来ならば大型魔法を用いる事により、戦意を高められたかもしれない。

だがそれすらも、攻城戦で使われる投石器を平地戦で投入するという、奇抜なアイデアで防がれてしまった。

リスネットもバハムートという切り札を使用した事により、現在は行動不能だ。


これでは前線に変化をもたらせることが出来ないばかりか、慢性的に続く戦闘に集中力が切れるのは時間の問題だろう。

テールは大型魔弾を岩に撃ちこみながらも、新たに協力を得たマースに相談してみた。


彼は相談があった時点で、テールが退却を考えている事を理解した。

そうでなければ、次の手をうっているはずだからだ。

「このままの状態が続くなら退却が理想です。双神山脈まで下り一度気持ちをリセットする事により、五分五分まで戦局を戻せるでしょう。ただし、これ以上手の打ち様が無ければ、不利な事に変わりはありません」


彼の言葉に、テールは退却を決意したその時、後方から流星のように飛び交う魔弾が頭上を跳び越していった。

振り向くと、そこには異種間同盟を組んでいるブラックエルフ族、そしてドワーフ族に加えトロールのトットまでもが向かってきているのが分かる。


正直テールは、彼らがこの戦場に来るほど、同盟という意味を深めているとは思っていなかった。

確かに彼らは、聖域バルディエットに赴いた。

だがそれは、同盟の核となっているコオチャの存在が大きく関与したと考えていた。

彼が窮地に立たされるなら、ドワーフ族もブラックエルフ族もトットも戦場にて共に戦うかもしれない。


だが今回は違う。

コオチャはギルク軍に捕らえられたばかりか、洗脳し敵対している。

しかし彼らはこの戦場に来た。

それはこんな状態になったコオチャを、見放さなかったことになる。


これほどまでも異種族同士が絆を深めたことは、過去に例が無い。

個人的なケースならいくつもあっただろうが、これほどの人数が一致団結し命までかけることは無かった。

そう、既にこの事例は過去形になる。

今まさに、再び異種族同士が手を取り合おうとしているのだから。


「テール殿!後何回置いてきぼりにすれば気が済むのだ!!」

ドワーフ族長ガダンが叫びながら近づいてきた。

テールは岩を破壊し振り返る。

「いちいち言わなくても来てくれると確信していたのですよ!」

その言葉を聞いたドワーフ達は目を見開き、半ば冗談ともとれるテールの言葉の意味の深さを理解した。


直ぐにドワーフ族は行動に移した。

ドンドンドンドンドン…

彼らは手に持つ重量級の武器を、連続的に地面に叩きつける。

この光景はドワーフ族が戦意を高める儀式でもあり、ジイール軍が目撃するのも2度目のとなる。

他の仲間もまた、戦意が高まっていくのがわかる。


ドンッ!!

一際大きな音がしたかと思うと、中央のアラマ軍の両サイドを駆け抜けていく。

前線にくるなり、ダークトロールやミノタウロスといったパワー系魔族を数体なぎ倒してしまった。

これ以上ない、心強い仲間を得たジイール軍が活気付く。


「相変わらず野蛮ねぇ…」

そんな言葉が、テールの周囲にこぼれるが、すぐさま魔法攻撃による遠距離支援が始まる。

義盗賊団アルシャンとも呼応し、射手による矢も、多数発射されるのも確認出来る。


「トットも戦う。コオチャ取り返す」

ドスン、ドスンと地響きを立てながら大きな鉄球を片手に、トロールのトットが前線へ繰り出す。

超弩級の破壊力は、仲間に勇気と希望を与える。

「僕はこの戦いに勝って、コオチャを迎えにいくんだ!!」

珍しく大きく吠えたトットの言葉に、騎士団はおろかレスモンドの傭兵も士気を高めた。

マンネリ化した戦いで、半ばうんざりしかけていたジイール軍だったが、彼の言葉に気合を入れなおすことが出来た。


ユーイは前線での良い意味での変化を感じ取ると、父であるテール宮廷魔術師に助言する。

「俺はウルフチームとして、仲間と共に最前線へ行くよ」

ユーイはテールの言葉を待たずに、同じく後方で援護射撃するJのところに向かっていった。

彼は手裏剣という、手のひらより一回り小さい平べったい鉄製の武器を投げたり、忍術という忍者特有の魔法を繰り出したりしている。

「J!最前線へ行くよ!」

「拙者も同じ事を考えていた!」


二人はドワーフ族やブラックエルフ族の登場により、押され気味になっていた自軍が一進一退の攻防へと変化したことを察知していた。

ならばこの状況を更に好転させる為には、もう一歩踏み込んだ「変化」が必要になる。

それはこの戦場でキーマンとなり、敵軍のキーマンを潰すことも一つの手段である。

現状でのギルク軍のキーマンは、ギルク軍大将達と攻城戦用投石器である。


ユーイは前線を押し上げる事により、投石器の射程可能エリアを外れることが出来ると考えていた。

近すぎる標的は、構造上狙うことは難しい。

元々攻城戦で使用する設計なのが、仇となるだろう。


ならばギルク軍大将である槍使いのシーベル、仮面の剣士ロデッサ、斧使いの女戦士セリティ、魔術師ルイーザを倒すことが最優先課題となる。

テールやリスネットといった強烈な個の力を持つ仲間もいるが、テールは広範囲に注意をはらう必要があり、リスネットはギドラという強敵を倒す為に召還したバハムートに全力を注いだため身動きは出来ない。


ならば、ウルフチームが対応する事が現実的である。

戦場は膠着し、傭兵達も臨機応変に戦いを始めた今を逃す手はない。

二人は直ぐに、リーダーであるシューの所に移動した。


彼は二人の顔を見るなり、

「遅いですぞ!急ぎアラマ部隊のところにいきましょう!」

と言ってきた。

彼は異種族が前線へ駆け出した時点で、二人が考えていた戦略を思い描いていたようだ。


三人は直ぐにアラマの元に移動する。

「遅い!!待ちくたびれたぞ!」

アラマもシューと同じ事を言った。

だが後で分かった事だが、彼は異種族の登場を察知した時点で、ユーイが描いた戦略を立てていたのだった。


「だが俺は、今この場所を動く事は出来ない。まずはタカの方へ行ってくれ。あいつは爆発寸前だ」

アラマは中央のレスモンド傭兵の中でも、魔法戦士の多い部隊を動かしながら、両サイドのドワーフ族にも指示を出し、更にはドワーフの外側にいるエルナイト2個師団にも時折指示を飛ばし、強大な岩の恐怖や下界に降り立つ悪魔そのものとも言えるダークトロールやダークエルフ、そしてハイ・オークの恐怖とも戦っていた。

そんな彼は絶大なる支持を集め、いまや前線総指揮者として活躍をしている。


彼が今回用いた手法として、伝令係りがある。

単純な発想で従来からあるが、特異なのは伝令「専門」係りということだ。

通常ならば側近を利用する。

その側近も、常に戦いに参加していることが前提だった。

だが今回、ひょんなことから伝令専門員を配置することになった。


それは、サンシャイン学校に戦闘参加への第一報が入ったときのことである。

当然周囲にいた生徒達の耳にも入り、避難誘導が始まる。

そこへSクラス数人がウルフチームの元に押し寄せ、参加したいと熱望してきたのだ。

リーダーであるシューは断固反対した。


参加を希望する生徒の中には、遠方の田舎から来た子供もいる。

もしも取り返しのつかない事になったら、預けた親御さんにどう説明するのだと。

子供達は跡取りであり、村を存続させる貴重な存在であり、希望なのだ。


命をも預かる立場としては、当然許可できなかった。

だが生徒達も引かなかった。

押し問答が続くうち時間切れとなり、ついには強引にウルフチームの後を付いてきてしまったのだった。


そこで考えたのが、伝令員としての活動である。

アラマの思いつきではあったが、これが以外にもスムーズに戦局を変える事につながった。

危険な状況に変わりは無い。

上空からは魔法や矢、更には巨大な岩までもが飛び交い、ほんの数十メートル先では激しい戦闘が繰り広げられている。

死と隣り合わせなのは間違いない。


だが、そのほとんどを自分の手元に配置し、いざとなれば最後方のテールのいる位置にまで下がらせる事も出来る。

彼らには厳しいようだが、戦闘に参加する事により味方の士気が落ちるとまで言い切ってある。

未来ある子供達が殺されるような事があれば、前線では失望感が漂うだろう。

それに、余計な注意をはらわなければならない状況は、緊迫した前線では避けたい限りだ。


それでも生徒達は戦場に赴いた。

そしてアラマが言った言葉が、決して大袈裟でもない事を理解した。

これは殺し合いなのだと。

子供だろうが年寄りだろうが関係の無い世界であり、そこには生と死しか存在しない。

格好良い勇気ある戦士もいなければ、都合の良い希望も無い。

あるのは99%の絶望と1%の意地だ。


だが子供達は走った。

怪我を負う子もいたが、今のところ欠員はいない。

最初こそ最前線付近へ来る子供達を嫌がる大人がいたが、そのうち彼らの存在が生きる希望と感じる者もいた。

彼らの為にも…、そんな思いを寄せる時もある。

だが次回同じようにしても良いかと問われれば、即却下だろう。


子供達も、始めて味わう戦争を、彼らなりの視線で捕らえていた。

最初こそ興奮気味だったが、いざ戦いが本格化すると、直ぐに恐怖と極度の緊張に変わる。

訓練では味わえない、リアルな現実。

失敗は死と直結している。

その極度の緊張に耐えられずに脅え、そして恐怖のどん底に陥る子もいた。

彼らは彼らなりに励ましあい、無理を言って着いてきた事を思い出す。

ウルフチームの助言が誇大表現で無かった事を痛感した時には、既に死と隣り合わせの場所に立っていた。


子供達は思った。

時に大人は都合の良いように自分達を叱っているように思っていたが、現実はどうだ。

容赦の無い死に立ち向かう大人達を見て、彼らも必死になって走った。

そして絶対に生き延びること。

それが自分達の最上級指令だと肌で感じ取っていく。


そんな特殊な事情のある伝令員だったが、スムーズな指示伝達が可能になったおかげで、アラマの微妙なさじ加減を現場に反映出来ていた。

逆に言うと、彼ら抜きでは前線を維持出来ないとも見える。


シューは既にその状況を把握していたが、ギルク軍大将4人を各個撃破していく旨をアラマに伝えておく必要があるとも思っていた。

案の定アラマは、その戦略を自分の中に組み込みながら戦うだろう。

「だが油断は禁物だ。あの竜線士達でも互角の勝負をした奴らだ」

アラマの言葉を重く受け取りつつ、シューとユーイ、そしてJの3人は暴走気味のタカのところへ向かっていった。

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