第31話『精霊王のリスク』

!?!?

ようやく気付くことが出来た。

今だハッピネス・スティックは回転しているのである!

主を無くしてもなお、その力を失っていないのだ。

ラジュクの底力を見た。


「シータ!幸福の杖の回転を止めて!」

魔力を打ち消す力のあるトールハンマーならば、杖の力を止めることが出来るかもしれない。

それによって、どう力が作用するかはわからない。

やってみる価値はあると判断した。


シータは三人の戦士達が魔王を食い止めている間に杖に近寄る。

確かに杖は回転していた。

なんとなくリスネットの思惑を理解した。

ラジュクの執念なのか、杖は激しく動いている。

魔王の動きにも呼応しているようにも見えた。


「えぃ!!」

おもむろに杖をハンマーで叩いた。

杖は地面に叩き付けられ、その回転を止められた。

転がってからも杖は回転しようとしたが、次第にその動きを止めた。


すると、魔王の体の色が一気に濃くなった。

半透明ではなくなり、完全に具現化した。

その瞬間に攻撃したルシャナの聖剣が魔王の腕を浅くだが切り裂く。


ノイズが再び聞こえた。

魔王の叫びなのだろう。

自分の考えが間違ってなかった事に、リスネットは純粋に喜んだ。

(なんとかなるかもしれない!)


確かに魔王は防御力が低下した。

が、その動きを本来のものに戻した。

突如、巨体に似合わず素早い動きをする。

不意を着かれたルシャナは魔王の攻撃に反応できない。

偶然にも聖剣に当たり、直撃は免れたものの体は宙を舞う。

地面に叩き付けられてしまった。


ゴホッ

あまりの衝撃に吐き気をもよおす。

魔王は続いてマークを蹴る。

木に衝突するが、その木も圧し折られた。


コオチャは辛うじて交わすことが出来たが、交わすので精一杯である。

隙を見てレイピアを突き出すものの、あっさりと交わされてしまった。

その間にもフィスナーは矢を放つ。

戦士達に攻撃しつつも矢をよけた魔王に、驚きを隠せない。


「こいつぁ…」

その先は言葉には出さなかった。

通常攻撃では完全にお手上げだった。


リスネットは自分の考えと現実のギャップに混乱するも、すぐに気を取り直し、再び精霊を召喚する。

「炎の精霊イフリートよ!火炎魔人の名のごとく魔王を焼き尽くせ!!」

地面から突如一本の角が突き出ると、そのまま勢い良く腕組をした火炎魔人がぬぅと出現した。


「お願いイフリート、又お世話になるわ。私達を助けて…」

リスネットは炎の精霊=火炎魔人イフリートと何度も接触しているようだった。

イフリートは大きく頷くとニヤリと笑った。

楽しいのかもしれない。


それは、リスネットと言う精霊使いによって いろんな強兵と戦える事への喜びなのかもしれない。

だが、今回は勝ってもらわなければ、西の都の存亡にかかわる。

そんな事の重大さも、プレッシャーとして感じているはずだが、そのプレッシャーさえも楽しんでいるようだった。


魔王は新たに現われた精霊が、かなりの強敵とみてうかつには攻めてこない。

イフリートと言えば、特殊な事例を除いて、具現化できる精霊では五本の指に入るほど、その強さは有名である。


魔王が攻撃してこないのを見るとイフリートは組んでいた腕をゆっくりと解き、少し腰を落とした。

リスネットはイフリートを補助するためにも、前線に残っていたがマークがその前で盾の役目を買って出た。


精霊使いは、召喚した精霊に近いほど、精霊に恩恵を与えられる。

離れれば離れるほど、精霊は本来の力を発揮できなくなってしまうのだ。

だからと言って、これほどの至近距離にいれば、戦いに巻き込まれるリスクもあるため、通常ならばもっと離れておくべきである。

そう、通常の戦いならば…


他の四人は更に後方に待機した。

こればかりはうかつに手助けできない。

だが、ワンチャンスをモノに出来れば大逆転の可能性を秘めていた。

「フィスナー、魔王が倒れた瞬間に目を攻撃する事は出来ないかなぁ?」

「ワシも同じ事を考えてたぜぇ。コオチャ!戦況を見つめつつ隙をうかがうんだ」

「了解!」


次の瞬間二人は森の中に消えた。

壮絶な闘いが繰り広がる。

それは異次元に住む者同士の、プライドを賭けた意地と意地のぶつかりあいでもあった。


イフリートは低い体制から突如、両腕に炎をまとわりつかせた。

魔王はそれを見て取っていたが、躊躇う事無く突撃する。

しかし火炎魔人の攻撃も魔王に劣る事無く素早い。

その思わぬスピードに誰もが驚く。

魔王の腹部に深々と拳がめり込んだからだ。


しかし、魔王の繰り出した拳の先から、鋭利で角のような突起物が突如伸び出した為、イフリートは連続攻撃をする事が出来なかった。

二人の力はほぼ互角と感じた。


マークやルシャナ、そしてシータの目には、この闘いがいつ終わるのか正直なところ見当もつかなかった。

リスネットとイフリート、コオチャとフィスナー、そして魔王は、三者三様に思惑があった。

そしてその思惑は不意に交錯する。


魔人の繰り出す拳を、イフリートが右の脇下でつかみ投げ飛ばしたのだ。

正確には投げつつ地面に叩き付けた。

瓦礫の山に叩き付けられ粉塵が舞う。

戦場は大量の埃で視界を奪われた。


そして、その時を全員が見逃さなかった!


コオチャとフィスナーは二人同時に飛び出し、魔王の目を各々の武器で攻撃した。

右目にはコオチャのレイピア一本が、左目にはフィスナーのノーマルソードが地面にまで達する勢いで突き立てられた。


刹那、物凄いノイズが心に響いた。

誰もが耳を塞いでも防げないノイズに苦しむ。

魔王にダメージが蓄積されている間、イフリートは高くジャンプしていた。

全身に炎をまとわりつかせると、そのまま急降下する。


聞いた事もない風きり音が響く。

リスネットは更に炎の精霊を呼び集め、ありったけの力でイフリートにぶつけた。

火炎魔人は、炎の塊となった。

誰もが勝利を確信した。


しかし、魔王にも奥の手があった。

コオチャとフィスナーに潰された目のほかに、第三の目が魔王の額から現われたのだ。

その目に光が集まり出す。

そして周囲の空気の流れが変わっていく。


「まずい!イフリート避けて!!」

しかし、間に合わなかった。

炎の塊となって魔人に急降下するイフリートに、もう、その攻撃を止めることは出来ない。


ドンッ!!!


空気が避ける。

魔王に現われた第三の目から光線が飛び出す。

そして無常にもイフリートを貫いた。

「イフリートーーーーー!!!」


間一髪軌道を変えたのか、それとも魔人の狙いが狂ったのか、イフリートを消滅させることは出来なかった。

だが足は両方とも無くなっていた。


そして勢いは落ちたものの、そのまま魔王に突っ込んだ。

再びノイズが響く。

残念ながら、魔王を倒すには至らなかった。


「イフリート!精霊界に帰るのよ!!!」

リスネットが叫ぶ。

イフリートが消滅する事になれば精霊界は大きくバランスを崩し、この世界全体にとんでもない影響を及ぼすことになる。

それは、一精霊使いとして、例え自分が滅びようとも防がなくてはならない。


しかし、イフリートは手だけでジャンプし、再び魔王に近づいた。

かろうじて足の届くところまで来ると 魔王を引きずり寄せそしてがっちりとその両足を抱き込んだ。

「イフリート!駄目よ!!早く精霊界に帰るのよ!!!」

リスネットが叫ぶ。


イフリートはゆっくりとリスネットを振り返った。

そしてニヤリと笑う。

「イフリート………、わかったわ。私の命、あなたにあげる」


その決意にフィスナーが感づいた。

「リスネット!変な気を起こすなよ!イフリートを精霊界に戻すんだ!おまえまで呪いで死んじまうぞ!!!」

彼女は愛しいフィスナーをそっと見つめた。

その瞳には愛情が映っていた。


「おい!やめるんだ!!」

(今までありがとう…、フィスナー。愛している………)

そっと目をつむる。

するとイフリートはそれを合図に自爆した。


ものすごい音と火の粉に全員が伏せて耐えた。

パラパラと音を立てながら吹き飛んでいた瓦礫のくずが落ちてくる中、フィスナーはリスネットを捜した。

彼女は今の爆風で後方へ飛ばされていた。


「おい、リスネット…、返事をするんだ!」

しかし、リスネットは安らかな顔で眠っているように、しかし、決して目を開くことは無かった。

コオチャ達は何が起きたのかしばらくの間理解できなかった。


「精霊界のバランスを崩した精霊使いには呪いがかけられる。

リスネットはそれを承知で…」

後は声にならなかった。

呪いならまだしも、一瞬にしてその命を断たれていた。


だが、そんな悲壮の中に、あやしく光る者がゆっくりと起き上がってきた。



魔王である―――

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