第15章『死守』

第237話『苦戦』

二つの塔では、ケルベロスと竜線士5人の対峙が続いていた。

お互い、相手の出方を見極めている。


ケルベロスの方は、最大威力では無いが魔法が弾かれた事、そして風の下界の者とは思えない攻撃や動きに警戒を強めていた。

竜線士達は、ガーゴイルで魔界の者に対する、ある程度の耐性は付いていたものの、彼らの動きや攻撃は、想像を絶している事も理解している。


ヨシカはケルベロスが警戒しているうちに、攻撃補助魔法を展開する。

ハマーの持つバトルアックスと、ロセの矢には水属性付与を行う。

ケルベロスは火属性魔法を得意とするからだ。

それを見た風はナックルを装着すると、それにも水属性付与を行なう。


本来ならば聖属性付与が理想なのだが、聖属性だけは司祭系でしか行なえない。

一部の魔術師では扱う者もいるが、どれかの属性を犠牲にする必要がある。

それは攻撃主体の魔術師にとっては、致命的な欠陥となりかねない。

犠牲とした属性が相手にばれた場合、弱点となる属性攻撃を集中的に浴びる事になるだろう。

そうなったら手の施しようが無くなるからだ。


さらにヨシカはダメージを軽減させ、身体を軽く感じさせる魔法など、補助魔法を次々とかけていく。

あれだけの攻撃魔法を持っていながら、補助魔法まで器用に使える魔術師は、この世の中でも数は限られている。


お互いの戦意が最高潮に達したとき、同時に動き出した。

ケルベロスは俊敏な突撃を見せるが、ロセから青白く輝く尾を引きながら数本の矢が放たれる。

素早くジャンプで交わすと、前衛に向かって飛び掛ってくる。


空中では交わすことは難しい。

その時を待っていたかのように、ヨシカの魔力が一瞬で膨れ上がる。

地面をえぐるほどの魔力。

躊躇せず、腹部めがけて強烈な魔弾が打ち込まれた。

これほど強力な魔弾となると、既に一般的に言われる魔弾という簡単な言葉では意味が伝わらないほどのものだ。


ドスンッッッッッ!!!

ヒットした音が聞こえるが、ケルベロスは下界でいうドラゴン達と同じように、無意識ながら幾重もの魔法防御をまとっているのか、大したダメージは与えられなかった。

そのままの勢いで、弱っている風めがけて襲い掛かる。


キンッ!!!

カーナは、フレイムソードをケルベロスの頭部めがけて水平に振り上げたが、真ん中の頭の口で咥えて防がれる。

そのまま着地すると、フレイムソードごとカーナを振り回そうとした。


その隙を狙い右から風が、左からはハマーが、正面からはロセが攻撃を加える。

青白く眩しく輝く各々の武器が、更に輝きを増した。


!!!


だがフレイムソードを諦め、素早く後方へ飛びながら交わすと、再び空中を狙っていたヨシカに向けて、ファイヤーボールを連射してきた。

1個でも10人は軽く消滅出来る威力である。


ヨシカは、攻撃用に高めていた魔力を素早く防御用に切替え全てを弾く。

無駄だと判断したケルベロスは撃つのを止めて、ゆっくりと竜線士の周囲を歩き出した。

形勢は竜線士有利と判断出来る。

近距離、遠距離共にバランスが良く、連携も素晴らしい。

他の魔族も迂闊に手は出せない。

あの攻撃力を持って反撃されたらひとたまりも無い。


流石に警戒心を高めたケルベロスだが、殺意は一層高まっているように見える。

どちらかというと、いよいよ本気を出すといったところだ。

不意に動いたかと思うと、その姿を目で捉える事が出来ないほどのスピードで、竜線士に向かって飛び込んできた。

辛うじて体が反応した風だが、無理やり放った蹴りも空を切る。

何とケルベロスは、竜線士の輪の中心に来たのだ。


「!!!!!」

瞬時に高まる魔力に、ヨシカが警告する。

「逃げろ!!」

一斉に飛び散る竜戦士達。

突如ケルベロスから、爆風と熱風の混じった爆発が起きた。


ボフゥゥゥゥゥゥゥーーーーーン!!!

一瞬の出来事だったが、炸裂自体は強烈だ。

数十メートル離れている木々も、巻き添えを食うほどだ。

地面はえぐれ、巻き上がった小石がパラパラと降り注ぐ。


ケルベロスは、ニヤリと笑ったように見えた。

直線上の魔法はヨシカの魔法防御壁で防がれるなら、俊敏な動きを利用し中心部で炎系魔力を炸裂させる。

こうなると筒状に防御壁を展開する必要があるが、事は困難であり、事実周囲には数体の竜線士と思われるヒューマンが横たわっていた。


不意に異変に気付いたケルベロスは、直ぐにその場を移動し振り返った。

そこには、あの一瞬でケルベロスの魔力を上回る防御壁を展開したヨシカが立っている。

だが、どうやら完璧に防げなかったようで、手負いではあった。


一番やっかいな魔術師を弱らせることに成功したケルベロスは、しかし、急速に高まる警戒感を持つ。

それは彼から発する魔力が、尋常ではなかったからだ。

「このやろう…」


いつもは冷静なヨシカが、怒りに震えている。

気が付けば、地面が小刻みに振動しているのが分かった。

あのケルベロスがジリジリと後退しようとしていた。


「ドリャアアァアァァァァアァァァアァアアア!!!!」

ボンッ!!!!!

至近距離からもヨシカの姿が見えないほど、彼の周囲に魔弾や各属性ボルトが彼を覆う。

誰もが驚きを隠せない。

通常魔法は、放った瞬間に一直線上に飛んでいくはずなのだが、何故か彼の周囲で浮遊したまま留まっている。


ケルベロス自身も、何が起きているか把握し切れてはいない。

が、事態は急変したことだけは分かっていた。

あれだけの魔法が撃ち込まれれば、さすがに無傷とはいかないだろう。


ジリッと動いた瞬間、その無数の魔法が一斉に襲い掛かってきた。

セリカ達をサマリアタワーに誘導した時の、数倍の数と威力と速度。

しかも全てが曲がって飛んで来る。

全てを見切る事は、神でも困難かもしれない。


最初の数発を交わしただけで、そのほとんどが命中する。

攻撃魔法と防御魔法が激しく衝突し熱気を帯びたのか、水蒸気のような煙を巻き上げる。

あまりの威力に砂煙まで起こりケルベロスの姿は、まったく見えなくなるほどとなった。


鳴り止まない爆発音がようやく静まり返った時、この様子をみていたギルクでさえ驚く光景を見ることとなる。

ツインタワーよりも大きな魔力が、今まさにケルベロスがいたはずの場所に向かって放たれようとしていたからだ。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォオォオォォォォォォォ………

まるで巨大隕石が落下したような、そんな印象を誰もがもった。

これは天変地異の類だと思わなければ、理解することが出来ない。


地面に衝突するなり立っていられない爆風と、目を開けられない閃光、耳を覆いたくなるような炸裂音に、正気を保つことすら困難な状態となった。

パニックを越えた、恐怖の先にある精神状態に陥る魔族もいた。


驚く事に、倒れた竜線士を巻き込まないよう、あの超巨大魔力を一点に集中させていたようだ。

何かに吸い込まれるように、一箇所に展開されている。

底の見えない穴が出現し、ケルベロスの姿は見えなくなっていた。


この場で立っているのは、大きく肩で息をするヨシカと、ムーンタワー屋上でこの様子を見守るギルクの二人だけである。

最初に動いたのはギルクだった。


(竜線士もこれまでだ)

そう思いながらきびすを返し、塔内に入ろうとした。

彼はこの状況でも、ケルベロスの勝利を確信していたようだ。

事実ケルベロスは生きていた。


彼は下界の生きる者全てが実現不可能な速度で、ヨシカの魔法攻撃を交わしていたのだ。

疲れきったヨシカに向かい突進すると、彼の最後の抵抗とも言える腕による防御を、スローモーションの如く確認し、その右腕に深く噛み付く。

激しく血が噴出してきた。


だがギルクは、不意に足を止めた。

振り返ると今は何も見えない天空からと、暗黒の森より飛来する三つの流星を予感したのだった。

 

竜線士とケルベロスとの戦闘が激化した頃、サマリアタワーの中ではようやく1階の魔物を撃破し、2階へ上がろうとするセリカ達の姿があった。

1階には強力な魔物は配置されていなかったが、何せ数が多かった。

ただし、数が多いうえに烏合の衆となると、自滅した感じも受ける。

シャンの一振りで、何体倒れたか数え切れないほどであったし、各々が勝手に攻撃をしかけてくるため、統一性や連携性はまったくない。

数が多いだけで、それほど苦労せずに勝負を決める事が出来た。


2階へ上がり、警戒しながら扉を開ける。

1階とは違い、薄暗く多数の魔物の気配はしない。

ただし、たった一つの大きな存在に、セリカ達は覚悟を決めなければならなかった。


「ミ…ミノタウロス…」

顔は牛型だが、オーガのような屈強の体格を持つデミヒューマンである。

腕力はトロール級でありながら、知力はゴブリン・オーク並みであるため、本能の赴くまま怪力を振るうやっかいな魔物でもある。

手には、ヒューマンでは持ち上げられないのではないかと思うほどのハンマーを持ち、二本のギラリと光る角と、悪魔系に似た目で6人を向かえた。

鼻息が荒く、相当苛立っているのが分かる。

恐らく腹でも空かせているのだろう。

理由は単純でも、その凶暴さは数倍にもなってしまう。


フーッ!フンーッ!

荒い息遣いが、ゆっくりと近づいてくる。

ドスンッ!ドスンッ!…

小さな地響きは、彼のがっちりとした体形を一層強調する。

6人は各々戦闘準備に入る。


リサは瞬時に魔力を高めると、3本の水属性ボルトであるアイスボルトを、空中に停止させ準備する。

既に魔法を曲げたり止めたり出来る彼女の意図を察した前衛に緊張が走る。

そんな状況でもお構いなしに、ミノタウロスは近づいてきた。


ウガァァァァァァァァァ!!!

雄叫びが響くと同時に、重いはずのハンマーが、物凄い勢いで水平に振られる。

狙われた前衛は防御を鍛えていなかったら、この一瞬で肉片と化していただろう。

空を切ると同時に風圧を巻き起こす。

一瞬視界が悪くなるなか、リサから反撃のアイスボルトが放たれる。


どれも超低空飛行からミノタウロスの足元で急浮上する。

死角を狙った攻撃だ。

その意図を逸早く気が付いたサラディックは、上段からの大袈裟な攻撃のフェイントをする。

それに見とれたミノタウロスの顎に、アイスボルトが連続ヒットする。


ドコッドッコッドコッッッ!!!

あの巨体が一瞬浮いたような気がしたが、辛うじて踏ん張った。

倒れれば串刺しになるのが分かっている。

ミノタウロスは遠距離攻撃に警戒しながらも、戦意を失っていない。


ウォォォオォォォォォォォ!!!

再び叫ぶと、今度はセリカ達が警戒心を強めた。

奥にある壁の影より、2体のミノタウロスが新たに現れたからだ。

彼らはアイコンタクトを取ると、見下すセリカ達6人に攻撃をしかける。


受けによる防御が不可能な一撃は、前衛を掻き乱すには十分だ。

場は混乱し連携を乱された。

混乱を狙っていたのか、1体のミノタウロスが不意にハンマーを投げつける。

怪力を駆使して飛んで来るハンマーは、速度もあり恐怖以外の何者でもない。


狙われたバランディだったが、機敏な動きを見せ交わす事には成功した。

だが、そこに油断があった。

別のミノタウロスが、投げ飛ばされた瞬間にハンマーに走り込んでおり、片手に1個ずつのハンマーを持つと、2個のハンマーを激しく回転しながら振り回してきた。


ドコッ!

「ぐはっ!!!」

射程範囲内にいたバランディは足を強打される。

本人は、膝よりつま先側の骨が砕ける音が聞こえたかもしれない。

その状況に、冷静に指示を出し続けていたセリカが動いた。


未だ回転しようとするミノタウロスに突進すると、その勢いを借りて豪快に投げ飛ばす。

激しい地響きと共に、ミノタウロスの上半身が床に飲み込まれる。

恐らく1階の天井からは、彼の頭が飛び出しているだろう。

よほどの衝撃だったのか、投げられたミノタウロスはピクリとも動かない。


その様子に、他の2体の魔物は後ずさりした。

1体は武器を持っていない。

恐らく彼らの中では、こんな状況は想定していなかったかもしれない。

一度恐怖を覚えると、本能で生きる魔物である。

逃げる選択肢以外は考えられなくなる。

その動揺を察知したナルの水系属性矢が発射したとき、勝負は決してしまった。

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