第6話 甘く危険な

「これは、ラッピングからして、手作りですよね?」


東条社長の言葉に、私は涙目のまま、ゆっくりと少しだけ頷く。


「こんな風に時間もかけて、気持ちも込めた贈り物を受け取らないのは、申し訳ない。だから……こうしませんか?」


次の瞬間、いつもの冷静な表情とは、どこか違う……艶やかな微笑を浮かべて、社長が言ったのは意外な言葉。


「貴女が、食べさせてくれるなら……食べますよ?そのチョコレート」


(……えっ?)


彼の不可解な言葉に、頭が混乱した。


そんな私を煽るように、さらに重なる社長の言葉。


「食べて欲しいんですよね?私に」


そう言うと、彼は、重ねている私の手をきゅっと握った。その薄い唇は、自信を滲ませた微笑に彩られている。


(ああ、この人は……)


私が、自分に絶体逆らわないって、分かってるんだ……。


私の脳裏に、入社式の時の社長が蘇る。


弱冠29歳にして、会社のトップに就任している東条社長。


180センチある、すらりとした長身。


落ち着き払った容貌。


彼が、新入社員達に祝辞を述べるために、マイクの前に立った時。私を含む新入社員全員が、彼の持つ空気に圧倒された。


世の中には、二種類の人間がいる。


一つは、力のある人間に従属するタイプ。


もう一つは……誰の下にも従属せず、人を支配するタイプ。


私は昔から、意志が弱かった。だから、力強さを感じる人には、自然に惹かれてしまう……。


「ほら。あと10分で、日付が変わってしまいますよ?」


甘く低い声に、思わず、フロアの壁掛けの時計を見上げた。


(あ……ほんとだ!もうすぐ、バレンタイン終わっちゃう……)


私は魔法がかかったみたいに、急に、焦りを覚える。そんな私を見透かしたように、社長の手が、私の手を解放した。


解放された私の手の下には……不慣れなラッピングをしたチョコの箱。


(早く、社長に食べてもらわなきゃ……)


ギィィ……。


「……!」


突然響いてきた音に、ビクッとして見ると、東条社長が、私のデスクの隣の席の椅子を引き、こちらに向けて座ったところだった。


「さあ」


今の私と真逆の、余裕を浮かべた唇で、私を煽る彼。


私は震える指先で、真っ赤な包装紙に巻かれた金色のリボンを解いていく。ただ、リボンを解くだけなのに。こんなに緊張するなんて……。


リボンを解き終わって、包装紙を開くと、中から現れる赤い箱。その箱の蓋をそっと開けた。昨日の夜詰めたチョコレート達が、そのままの形で並んでいる。私は、10個あるチョコレートのうちの一つを指先で挟んだ。


そして、東条社長の方に向き直る。


「し、し、失礼します……っ!」


油断すると意識が飛んじゃいそうな中、テンパりながら声を絞り出すと、私は、チョコレートを挟んだ震える指先を彼に近づけていった。


そんな私を視線を逸らすことなく、真っ直ぐ見つめてくる社長。


ゆっくりと近づいてゆく、彼の顔は。遠目で見ていた時以上に、端正で……。こんな恥ずかしい状況なのに、まじまじと見てしまう。


すらりとしながらも、肩幅が広い、逞しい体つき。


深い闇色の、切れ長な瞳。


いつもは整えられた黒髪が、この時間になって、乱れて額にかかっているのが、どこか艶っぽくて。


どうしようもなく、惹き付けられる……。


少しだけ屈みながら、私の指先が、社長の顔の前まで近づいた時。不意に、彼の左手が伸びてきて、私の手首を掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る