第15話 案内されたのは……

「こちらが、ご予約頂いたお部屋になります。東条様がご来店なさるまで、お待ちください」


「……」



……ん?


……部屋?


あれ?バーは個室ってあるんだっけ?



「さあ、どうぞ」


内心焦る私に構うことなく、彼は、にっこりと微笑んで扉を開けた。


扉の向こうには、天井に細かい細工の施されたシャンデリアと、ゆったりとした深紅のベルベットのソファー。


キャンドルと薔薇の花が添えられた、黒の大きなテーブルがあって、広い硝子張りの窓からは、煌めく宝石を散りばめたような夜景。



なに……この非日常&高級感は。


こんな部屋で、東条社長と二人きり。


それだけで、夢心地になりそうだけど。


でも……。


私の中で、最初の夜にキスされた記憶が横切る。



こんな空間で彼に何されても、私はたぶん……。


絶対に抗えない。


流されるままに従うだけ……。


でも、本当に、それでいいの?


私の中で、理性と感情が、ぶつかり反発し合う。


ちょっとだけ冷静になってみると、彼からまだ「好き」とも「付き合おう」とも言われてない……。


そう思った時、菜々美の言葉が頭に響く。



『ねえ、結衣。そんな相手と上手く恋愛出来るの?最後に傷つくだけじゃない?』




……東条さんのことは好きだ。


これまで感じたことがないくらい、とても。


でも、ただ遊びなんて、それも嫌。


今まで、こんな風に身構えなきゃいけない相手と恋愛したことがなくて……。


正直、どうしていいのか分からない。



『ちゃんと、駆け引きして』


菜々美の言葉が、もう一度、頭の中を過る。



「どうかなさいましたか?」


部屋の入り口で立ち止まったままの私に、ウェイターが聞いてきた。


「あ、あの、私……っ」


「はい」


何か言おうとしている私に、ウェイターの彼が柔らかく答える。


でも、その先に続けた私の言葉に、今まで落ち着き払っていた彼の表情が、少しだけ強張った。


「ダメですか?」


念を押すように私が聞き返すと、彼は戸惑いながら


「か……かしこまりました」


と答えた。


テーブルに置いたスマホを確認すると、午後10時30分過ぎ。



(まだ来ないな……)



私は、窓の向こうの夜景に視線を送った。


相変わらず街は眠りにつかず、立ち並ぶビルに灯る明かりや、波打ちながら流れていく車の光が見える。



(あの夜も、こんな風に待ってたんだよね)



もう一度、テーブルの上のスマホに手を伸ばし、画面を操作した。


指は自然に、東条社長の番号の画面を打ち出す。


私が会社の電話で掛けてしまったから、彼からの着信が、このスマホに入ることはない。



(社長の業務って、よく分からないけど……きっと、すごく忙しいよね)



噂によれば、東条社長は、社長になってからも部下に仕事を任せっきりにしないで、社長に就任する前の仕事も、一部そのまま引き継いでこなしているらしい。



(仕事も相当出来そうだし、すごい仕事が好きなんだろうな)



私みたいのとは、出来が全然違うよね……。


こんな静かなバーで一人過ごしていると、いろんなことが頭を過っては消えていく。

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