第14話 最上階のバー

自動ドアが開いて中に入ると、広いエントランスが広がっている。エレベーターのボタンを押して待っていると、カップルが一組、私の隣に立った。


二人とも、隣にいる私なんか視界に入っていないかのように、お互いの手を握ったり髪を撫でたりして二人だけの世界に浸っている。


いつもなら少し羨ましかったりするけど、今の私には、そんな感情は湧いてこない。


(だって、これから社長と会うんだもん)


イチャつく隣の二人を自分と社長に勝手に重ねて赤面したところで、エレベーターが一階に着き扉が開いた。先にカップルが乗り、続いて私が乗ってエレベーターが上がっていく。


窓の外を見ていると、夜の街に灯る色とりどりのネオンが少しずつ小さくなっていった。


乗り合わせたカップルが39階で降りると、最上階まで、私だけを乗せたエレベーターが上がっていく。


そして、45階に着き、私はエレベーターを一人降りた。


照明が落とされた、ほの暗いフロアを少しだけ奥に行くと、約束のバーが見えてくる。入り口から覗いた店内も照明を落としていて、仄かに灯るキャンドルの明かりだけが所々を照らしていた。


(こんなお洒落な所に行くのが分かってたら……もっと綺麗な服着てきたのにな)


こういう時に限って、服が地味でダサい。


今更ながら、店の入り口で服装を悔やんでいると、店内から黒い制服を着たウェイターが私のところにやって来た。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


柔らかい口調で言われて、私は緊張しながら答える。


「あ、あの……東条さんと、こちらで待ち合わせをしていて……」


すると、元々柔らかい雰囲気だったウェイターが、さらに極上の微笑みを浮かべて言う。


「東条様のお連れ様の綾瀬様でございますね。伺っております。どうぞ、こちらへ」


彼は丁寧に手のひらで店内の奥を指すと、不慣れな私を案内してくれる。


ヒールを押し返すのは硬い床ではなく、心地よい絨毯。


店内の中央には大きなアクアリウムがあって、底には白い砂が敷き詰められ、水槽の上へと上がっていく泡と、ゆったり泳ぐ熱帯魚たちが蒼いライトに照らされている。


バー自体ほとんど行ったことがないし、こんな高級っぽくて、お洒落な店にも行ったことがない。


「コートやお荷物など、お預かり致しますが」


不意にウェイターに言われて、少し驚く。


そんなのも預かってくれるんだ……。


それは、この店自体が、そういうシステムなの?


それとも、東条社長の連れだからの待遇?


どうでもいい考えを巡らせていると、もう一度柔らかな口調で聞かれてしまう。


「いかがなさいますか?」


私はハッとして、コートの襟に手を掛けた。


「えっと、じゃあ、あの、コートだけ……」


「かしこまりました」


私が白いコートを脱ぐと、そつなくウェイターが、それを受け取る。


そして、彼の後について店内を歩いていくと、とある扉の前で彼が立ち止まった。


そして、さらりと告げられる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る