第7話 蕩けるチョコレート
「あっ……!」
思わず、声が漏れてしまう。
そんな混乱の渦の中にいる私とは正反対の、落ち着き払った東条社長の声が響いた。
「それじゃ、つまらない」
……えっ?つまらないって、どういう?
思考を掻き回されっぱなしの私の手首をいったん離すと、彼は、私の指先に挟んであるチョコレートを抜き取った。
そして……。
驚きで、わずかに開いていた私の唇に、社長の長い指先が伸びてきて。チョコレートが、口の中に少しだけ押し込まれる……。
「そのまま、食べさせて」
くすりと妖しく微笑んだ社長が、言う。
(そのままって……)
口でって、こと……?
もともと激しかった動悸が、さらに加速して、急に突きつけられた行為に、沸き上がる羞恥で、顔が焼けるように熱くなった。
「……っ」
何か言おうと思っても、口に挟まれたチョコが邪魔して喋れない。
「あと、7分」
頭の片隅で、今の状況を整理しようとしてみても。カウントダウンに急かされて、全然整理できそうにない……。
(ああ、何か、もう……っ)
ワケ分かんなくなってきちゃった……。
憧れの社長に、手作りチョコ渡して、きちんと失恋するはずが。
嬉しさと恥ずかしさと疑問が、頭の中で、めちゃくちゃに混ざり合って……うっすらと涙目になった時。
「遅い」
東条社長の短い言葉が響いたかと思うと。
彼の腕が再び伸びてきて、私の頭の後ろに回され、強引に引き寄せられた。
(あ……っ)
私の体は、バランスを失って。東条社長の膝の上に、崩れ落ちた……。
その瞬間……私の思考回路は、完全に停止する。
(もう……ムリ……!)
そんな私の心の声は届くこともなく、彼の腕は、私をさらに引き寄せて。
私の唇に、彼の吐息が、かかる。
反射的に、ぎゅっと目をつぶった。
そうして、東条社長の唇が、私の唇に少しだけ触れたと思うと。
今度は、彼の舌先が入ってきて、私の下唇をなぞる……。
「……っ」
何も言えない私の唇から、彼の舌先がチョコレートを絡めとるまで、ほんのわずかな時間だった。
それなのに……。
永遠にも似た、長い長い時間に思えた。
私の唇から、チョコレートを奪い取った彼の唇は、痺れるような甘い余韻だけ残して、再び離れていく。
カリ……ッ
私の唇のすぐ横で、チョコレートの砕かれる音。
「ラム酒か」
小さな呟きと共に、ほんのり漂うお酒の香り。
どんなチョコレートを作るか迷って、選んだのは。ラム酒入りのチョコレート。私はお酒苦手だけど、社長なら、きっとお酒入りの方が喜んでもらえそうって、思ったから……。
チョコレートを食べた彼は、自分の膝の上に乗ったままの私を見上げた。
上目遣いの切れ長な目に射抜かれて、心臓が小さく跳ねる。
(こ、ここから先は……どうしたらいいの?)
私だって、恋愛経験が全然ないわけじゃない。
でも、こんな展開生まれて初めてで。
どうしていいのか、分かんないよ……。
「あ、あの……っ、東条さん……わたし……!」
何も言わずに見上げてくる闇色の瞳に、掠れた声で私が言いかけた、その時……。
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