第41話 待つ時間
営業の女の子は、楠田さんのことを陰で「敏子様」と呼んでいる。もう40過ぎの超ベテランで仕事も出来るし、悪い人じゃないけど、他の女子社員への嫌味が多いので、みんな良く思ってない。
菜々美も、派手だとか何とか随分言われてきたみたいだけど、華麗にスルーしている。
「でもね、ああ見えて敏子様。超意外な人と付き合ってる」
「……えっ?」
あんな仕事一筋の、恋愛要素が全く見当たらないようなあの人が?
思わず、デスクに戻った楠田さんに視線を向けた。
全く染めてない黒髪をきっちり後ろで一つに纏めて。黒いフレームで縁取られた眼鏡に、化粧っ気のない顔。
(一体、誰と……?)
一瞬、自分の複雑な恋愛事情も忘れて、楠田さんの相手を想像しかけた私の肩を菜々美がポンと叩いた。
「じゃあ、私行ってくるね」
菜々美は、今日外出の後、直帰の予定だ。
「あ、うん。行ってらっしゃい」
私は笑顔で、菜々美を送り出す。
ふと、別の視線を感じて、顔を向けると。
その先には佐倉さんがいた。
あれから、佐倉さんとは仕事上の話ばかりで、東条社長とのことはお互いに触れていない。
でも、前よりも彼の視線を感じることが多くなった気がする。
菜々美から、彼の気持ちを聞かされて。正直、佐倉さんともどう接していいのか分からなくなってしまった。
好き、とは違うけど……。
私は、佐倉さんのことも意識するようになった。
たったこの数日で。あのバレンタインの夜を境に、私を取り巻く人間関係は激変した。
東条社長との関係も、これからどうなっていくのか全く分からない。
でも、私の中で燻る熱を帯びたこの感情を。
もう消すことは出来ない……。
二日後。
まだ東条社長から連絡はない。
根拠のない二日の期限だけど、やっぱり連絡がないと落ち込む。
(最初、職場からかけた時は、すぐにかかってきたのに……)
何で、ないの?
ただ忙しいだけ?
それとも、もう飽きちゃったのかな?
悪い妄想が頭を埋め尽くす……。
結局、その日の仕事は終わって、私は一人会社を後にした。菜々美は今夜はデートだと言ってたし、一緒に気を紛らわしてくれる人がいない。家で一人、彼からの電話を待つのが嫌で、私は会社近くのカフェに入った。
ほとんど女性客ばかりの店内の席につくと、私はハーブティーだけ注文する。コートに入れていたスマホを木製のテーブルの上に置いた。今日、仕事中に何度も何度も画面を確認した。
でも、私が一番欲しいものは、一度も表示されていない。
待つのって、こんなにしんどいんだ……。
改めて思う。
高校の時も、大学の時も。あの頃の彼とは、ほとんど毎日顔を合わせてたし、連絡すれば、すぐに返ってきて。不安とか感じることはなかった。
なのに、社長とは、同じ会社にいるのに。
ほとんど自然に会うことなんてないし、こんな風に連絡を取り合うことすら簡単に出来ない。
全てが初めての恋愛……。
ハーブティーは心を落ち着かせる効果があるはずなのに、全然効果がない。私の指先は、ティーカップとスマホを行ったり来たりしている。時間だけが、ただ過ぎて。スマホは冷たく沈黙し続ける。
(待つの、しんどいな……)
時刻を見ると、もう一時間経っている。私は、スマホを握った。二日前、菜々美がかけた東条社長の番号の画面を出す。
そして、その番号にかけた。
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