第18話 バレンタインの嘘

そんな私に東条社長が言った。


「私も、夜景が好きです。昼間の慌ただしい喧騒が、嘘のように闇に溶けて無くなる。この時間が好きですよ」


少しだけ、二人で夜景を見つめる。


あの夜、社長にチョコレートを渡すまでは、こんな風に一緒に夜を過ごしたりするなんて全く考えてもいなかった。



(ずっと……この時間が続けばいい……)



そんな想いを一人馳せていると、ウェイターが社長のカクテルを運んできた。


コースターの上に、琥珀色のお酒の入ったグラスが置かれる。


(何だろう、これ?名前も初めて聞いたけど)


「そのカクテルって、何が入ってるんですか?」


「これですか」


私の声に、東条社長がグラスを手にすると教えてくれた。



「これは、スコッチウイスキーとドランブイというリキュールを混ぜて作ったカクテルですよ」


「ウイスキーが入ってるんですね」


確かに、この琥珀色ってウイスキーの色だよね。



「私が飲む前に、一口だけ飲んでみますか?」


「……えっ?」


いきなりの言葉に、驚く私。


「あの……いいんですか?」


「一口だけですよ?強い酒ですから」


そう言うと、社長はグラスを持って、私の方に差し出す。


「じゃあ、ちょっとだけ」


私は、彼からカクテルを受け取った。


そして、グラスを傾け、そのお酒を一口だけ飲んでみる。


「あ、甘い」


「そう、口当たりはいいでしょう?でも、度数は高い」


東条社長はそう言って、また私からグラスを受け取った。


そして、グラスを傾ける。


私は、彼の唇に、琥珀色のカクテルが吸い込まれていくのを見つめた。



(社長、私の飲んだグラス、普通に飲んだ……)



まだ二人で会ったの、二回目だけど。


キスしてるから……平気なのかな?


そう考えると、ちょっと顔が熱くなった。


「どうかしましたか?」


「い、いえ……何も」


私は照れ隠しに、カンパリオレンジをぐいっと飲む。



(な、何、話そう?)


グラスをコースターに戻した後、次の話題を考えた。


「あ、あの」


「はい」


「この間の金曜日、社長はバレンタインって知らなかったみたいですけど。クリスマスとか、バレンタインとか……そういうイベントは、あまり興味ないんですか?」



(何か、変な質問しちゃったよ……)


もうちょっと気の利く話題を振れなかったのかと、へこんでると、東条社長が意外な答えをくれた。



「あの日が、バレンタインなのは分かってましたよ」


「……え?」


「綾瀬さんにもらう前に、何十個もチョコレートを渡されてましたから」


「……!」



何十個も!?


あの時、私が何の日か聞いても、全然知らない素振りだったのに……。


思ってることが顔に出ちゃってるのか、社長が言った。



「そう言ったら、君が、どういう反応をするかと思って」


「……社長はイジワルですね」


「怒らせましたか?」


くすりと笑ってから、彼は、私の瞳を真っ直ぐ見つめる。

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