第19話 君のだけ

「君からもらった、あのチョコレートが、あの日最後に受け取ったチョコレートです」


不意に闇色の瞳が近づいて、私を捉えた。


そして、甘く低い声が、ゆっくりと響く。



「あの日食べたチョコレートは、君のだけです」


胸が、どくんと波打った。


えっ……?


それって、どう意味を受けとればいいの?


私は鼓動を落ち着かせるように、残りのカンパリオレンジを全部飲み干す。



「グラスが空きましたね。他のカクテルをオーダーしませんか?」


空になった手元のグラスを見て、社長が言った。


「えっと……私、そんなにお酒強い方じゃないですし……」


「一口飲んでみるだけでも構わないですよ。残りは、私が飲みますから」


社長の言葉に、さっき私が飲んだグラスを躊躇いもなく傾けた社長を思い浮かべる。



(何か、もう……まるで、恋人同士みたい)


私の思いに気づいてないのか気づいてるのか、東条社長はメニューを開いた。


「綾瀬さんに合うカクテルを選びましょうか?」


そう言うと、長い指先がメニューをめくる。


数ページめくった後、彼は言った。


「決めました」


そして、ウェイターを呼び寄せると、カクテル名を告げる。


社長は、ウェイターに二つのカクテルをオーダーした。


あれ、二つカクテル頼むんだと思って東条社長のグラスを見ると、もう空になっている。



(もう空いてる……。さっき飲んでたのロックだと思うけど、飲むペース早いな)


まあ見るからに、お酒強そうに見えるもんね、私と違って。


私はアルコールに弱いから、少し飲んだだけで、すぐ顔や首筋が赤くなる。


今だって、もう赤くなってるのが分かる。


顔が少し熱いから……。



(えっと……次は、何話そう?)


私はまた、会話の切り口を探す。


最近、男の人とは仕事以外ロクに話してなかったことに気づく。


いや、その前に、東条社長みたいなタイプの人とは今まで一度も、ちゃんと話したことない。


話題に迷いながらも、でも、本当は……。


一番聞きたいことは、決まっている。


でも、もし、それを聞いてしまったら。


こんな風に二人で過ごす時間が壊れてしまうかもしれない……。



本当に聞きたいのは、一言だけ。


今、彼女はいますか……?



東条社長の横顔を見つめた。


端正な顔立ちが、淡いキャンドルに照らされている。


私みたいに酔っているわけでも、迷っているわけでもなく、感情の見えない冷静な表情。


どうして、今夜、私と……?

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