第17話 トキメキと駆け引き

「夜景もいいんですけど、このアクアリウムが凄く綺麗だから……これも見ていたいんです」


「……」


「あ、あの部屋だと見れないから……」


「アクアリウム、ですか」


おそらく見慣れているだろう大きな水槽に、東条社長が視線を移した。


ウェイターは、思わぬ話の流れにハラハラしている。


また少しだけ間があった後、東条社長はウェイターに向かって言った。


「申し訳ないが、今夜は、この席で」


「か、かしこまりました。あのお部屋はキャンセルしておきます。さあ、どうぞ」


ウェイターの声に、社長が私の隣の席につく。



(やっぱり……悪かったかな)


今さらながら大胆なことしたなと、ちょっと心配になった。


「あの……怒ってますか?部屋をキャンセルさせちゃったこと……」


小さな声で聞いてみると、東条社長は顔色を変えずに言う。


「いいえ」


本心は分からないけど、見た感じは、全然気にしてないように見えた。


今夜の彼は、前髪やサイドの髪がいつもより下りていて、金曜日の夜とは少しだけ雰囲気が違う。


あの夜はしなかった香水の香りも微かにしてきて、鼻腔をくすぐられる。


「私はこれからオーダーしますが、何か追加しますか?」


つい見とれているところに話しかけられて、慌てて答えた。



「い、いえ、大丈夫です。まだ、カクテルも半分くらい残ってますから」


「分かりました」


そう言うと、社長は黒い革製のメニューを開き、少しだけ見つめた後、ウェイターを呼ぶ。


「ご注文は?」


「ラスティー・ネールを」


「かしこまりました」


オーダーをした後、東条社長は私に視線を送りながら言った。



「煙草を吸っても構いませんか?」


「あの……はい、大丈夫です」


……というのは、本当は嘘で。


私は煙草を吸わないから、あの煙の匂いが苦手だ。


エレベーターで、煙草を吸った後なんだろうなって人と乗り合わせるだけで嫌なくらい。


社長はテーブルの上にあった黒い灰皿を手元に引き寄せた後、スーツからライターと煙草を取り出した。



「どうしても嫌だったら、言ってください。止めますから」


そう断った後、彼は火を付けた煙草を吸い始める。


薄暗い空間に紫煙が漂って、煙草独特の匂いがしてきた。


なのに、不思議と全然嫌じゃない……。


煙草を吸う彼の横顔に、また見とれる私がいる。



……好きって、何でも許せちゃうのかな?


急激に変わっていく自分に、戸惑いを覚えた。


そんな私の耳を甘く低い声が揺らす。



「夜景は好きですか?」


不意に聞かれて、ちょっとだけ考えた後、答えた。


「そうですね……今まで、あんまり気にかけたことなかったですけど。ここからの景色を見て、いいなって思いました」


そう言って、私は、目の前に広がる45階の窓へと視線を移す。


夜の闇を彩る細かいイルミネーションが綺麗で、心が溶かされる。

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