第66話 嫉妬さえも
「私、東条社長が社長に就任してからの、この会社に入れて本当に良かったです!もしかして、それより前に入社してたら……挫折してたかもしれません」
私がそう言うと、彼が答える。
「そう言ってもらえたら、私も社長になったことが間違っていなかったと思えますよ。でも、もちろん、私の力が全てではない。綾瀬さんが、自分の力で経験を積んだからこそ、今があるんですよ」
東条社長に誉められて、気分が高揚し、思わず余計な言葉を言ってしまう。
「そ、そんな……私なんて最初、全然仕事出来なくて、他の社員さん達の足を引っ張ってばっかりで。でも、入った頃から佐倉さんが、根気よく仕事を教えてくれ……」
言いかけて、しまったと思い、唇に手を当てた。
私のバカっ。ここまでの話の流れで、佐倉さんの名前出すなんて……!無意識とは言え、ほんとにバカだ!
そして、こわごわと東条社長の方を伺う。
(……うっ)
端正な横顔に、うっすらと険しさが滲んでるように見えた。
「あ、あの……ち、違うんです!深い意味とかは全然なくて……っ」
深い意味って、何?フォローしようとすればするほど、逆に怪しくなっていく。そんな一人で、あたふたする私の隣で響く一言。
「煙草を吸っても構いませんか?」
「あ……はい、どうぞ!」
私が答えると、東条社長はソファに掛けたスーツの上着から煙草とライターを取り出し、火をつけ煙草を吸い始めた。
(せっかく良い感じで会話出来てたのに、余計な一言で、空気台無しだよ……!もう、ほんとに私のバカバカバカ……っ)
心の中で、後悔の嵐が吹き荒れる私の隣で、小さな苦笑が漏れる。
視線を向けると、東条社長が長い指先で煙草を挟み、自嘲気味な笑みを口元に浮かべていた。
「これからも、あるんでしょうね」
静かな声が響く。
「君が何気なく、佐倉の名前を口にして。私らしくもない嫉妬を覚えることが」
「……っ」
やっぱり……嫉妬だったんだ。佐倉さんへの社長の感情は。
じわりと込み上げる嬉しさを感じていると、不意に東条社長が言う。
「もう11時半を回りましたね」
部屋に置かれた時計を見た。
「ほんとだ、もう、こんな時間」
「シャワーを浴びてきては?」
「え……っ」
シャワーっていう単語に、過敏に反応してしまった。
「泊まるんでしょう、ここに」
「え……は、はいっ」
普通に……普通に言ってるだけだから。
変に意識してしまいそうな自分に言い聞かせる。
「じゃあ、あの……浴びてきますね」
「廊下を出て、右側の扉がシャワールームです」
「わ、分かりました……」
私は、ソファから立ち上がって廊下を歩きかけてから、バッグの中に入ったポーチを思い出し、もう一度リビングに戻った。東条社長と目が合ったけど、何となく恥ずかしくなって、足早にバスルームに向かう。
ドアを閉めて、一息つくと、鏡に映った自分を見つめた。そんなに飲んでいないのに、頬や首筋が、ほんのりと赤く染まっている。アルコールに弱いせいで、すぐ赤くなるのがコンプレックスだったけど、さっき社長に、この肌が綺麗だと言われたことを思い出して、つい嬉しさに一人微笑んでしまう。
ブラウスもスカートもストッキングも脱ぐと、私はバスルームの扉を開けた。
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