第65話 過去

「酔い過ぎると、話が出来なくなりますよ」


「そ、そうですね」


私が答えると、社長は自分のグラスに赤ワインを注ぐ。


「あの……ありがとうございます。わがままを聞いてくれて」


そう言うと、彼は少しだけ笑った。


「いいえ。いつものことですから」


「……」


顔が熱くなる。


私、そんなにわがままだったかな。


それから東条社長は、私が話すのを待っているのか、ただ静かにワインを飲んでいる。


「あ、あの……」


「はい」


「社長って……社長になる前には、どの部署にいたんですか?」


「入社当初は、営業部に所属していました」


「え、そうなんですか!」


「数年前まで、君と同じ、あのフロアにデスクがありましたよ」


東条社長って、営業部だったんだ。出会った時はもう社長だったから、何か営業としての彼が想像つかないけど。


でも、きっと、その頃から群を抜いて有能だったんだろうな。たった数年で、社長になっちゃうんだもん。元は同族経営の会社の中で。


「どうですか、最近の営業部は?取引先の新規獲得も頑張ってくれているようですが」


不意に営業部を評価されて、ちょっと嬉しくなる。


「はい!外回りの社員さん達、みんな頑張ってます。私は内勤だから、みんなをサポートしてるだけですけど……。電話とかで応対した時、分かるんです。外回りの社員さん達と取引先の方達との関係が、すごく上手くいってるんだなって」


私の話に、東条社長が小さく微笑んだ。


「仕事というのは、連携が大切です。誰か一人が努力しても、それだけでは続きません。逆に、例えトラブルが発生しても、連携でそれを補えます。まずは社内が安定しなければ、会社としての業績も伸びません」


連携が大切……。社長が、そういう言葉を使うのは意外だった。何ていうか、独断で仕事を進めてしまいそうなイメージがあったから。


でも、それはただのイメージで。本当の彼は違うのかもしれない。


「私が入社した頃の社内は、明らかに乱れていました。親族ばかりで固めた上役。それ以外の社員の実力が反映されない評価体制。固定の取引先ばかりで、新規契約を開拓しない。改善点が数えきれないほどありました」


「それを東条社長が改革したんですね?」


私がそう聞くと、社長は頷いた。


「社長に就任する前から、少しずつ」


「すごいですね!東条社長が新しい風を吹き込んでくれたから、今の会社が有るんですね」


「とはいえ、社内外の噂では、おそらく私が、この会社を乗っ取ったと言われているのでしょうが。私は私なりに、この会社を立て直したつもりです」


確かに社員がそんな風に社長のこと言っているのを聞いたことあるし、私だって、ちょっとそんな風に思ってた。


だけど、こうやって社長と直接話すと、彼なりの考えがあったんだって分かる。

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