第62話 溶け出す心
体が次第に熱を帯びていくけど、これはきっと、ワインのせいじゃない。熱い舌に責め立てられて、思わず彼のスーツにしがみついた。
(これ以上、ダメ……帰らないと……っ)
頭ではそう思っていても、体が甘い蔦に絡めとられたように動かない。
「は……っ」
わずかなすき間から息を吸い込んでも、またすぐに唇が塞がれる。息苦しさと、押し寄せる感覚の波に、肩が大きく上下した。甘い目眩に、意識が遠のきそうになる。
(ダメ……帰らなきゃ……)
社長の唇が少しだけ離れた瞬間に、私は出来る限り両手に力を込めると、彼の体を引き離した。
「か、帰りま……す……」
足元がよろめきながらも、私はソファから立ち上がって廊下に向かって歩き出す。
でも、そんな私の腕を東条社長がつかんだ。
「……っ」
そして、部屋に引き戻され、腕を引かれたまま壁に背中を押し当てられる。
「綾瀬さん」
微熱を帯びた耳に、甘く低い声が響いた。
「アルコールが入った君は、白い肌が淡く染まって、とても綺麗だ」
それから、耳の側に唇を寄せて囁かれる。
「だから、飲めないのが分かっていても、つい飲ませたくなる」
背中に痺れるような波が走った。
「今夜は……話だけで……」
激しい鼓動の中、精一杯言葉を紡ぐ。
そんな私の髪をかき上げながら、社長が言った。
「佐倉には、どこまで許しましたか?」
「……っ」
「唇」
そう言うと、東条社長は指先で私の唇をなぞる。
「それとも」
「……!」
不意に、左の太股に彼の手が当てられた。
私の耳元で、掠れるような声が響く。
「もっと、それ以上……?」
薄いストッキング越しに、スカートの下から、彼の手がゆっくりと上へ上がっていく。
「や……っ」
その手を止めようと、彼の手首をつかんだけど、思うように力が入らない。
東条社長の指先がさらに上をたどって、私の首筋に熱い唇が触れた時……。今まで、心の底で押し込めていた感情が込み上げてくる。
「フェアじゃないのは、貴方の方じゃないですか……!」
そう私が叫ぶと、彼の手と唇が止まった。
そして、私の首筋から離れた東条社長の顔が、私の間近に向けられる。
「フェアじゃないとは?」
彼の薄い唇から、冷静な声が響いた。
「……海辺のリストランテで食事した後、貴方言ったじゃないですか?お互いを深く知ろうとしないことって……!」
「だから、他の男とも会って構わないと?」
「ち、違います!そういう意味じゃ……!」
伝えたいことが、上手く伝わらない。
暴走した感情は、加速していく。
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