第63話 零れ落ちる気持ち

「私が、その言葉でどれだけ傷ついたか……貴方には分からないんですか……!」


「……」


「誰もが、貴方みたいに強くないんです……!」


一気に本音を吐き出すように言って、私は東条社長の漆黒の瞳を見つめる。彼は、少しの間黙った後言った。


「あれは、君のための言葉だよ」


(……え?)


東条社長は私から視線を外すと、すっと私から離れる。ソファに一人座ると、彼はワインボトルをグラスに傾けた。空になっていたグラスが再び濃い赤に満たされる。


「仕事でミスをしました」


グラスに口をつけた後、社長が小さく言った。


「葵が上手くフォローしてくれましたが、驚いていましたよ。私らしくないと」


(どうして、そんな話をするんだろう……?)


そんな私の疑問に気づいているのかいないのか分からないまま、東条社長は続ける。


「佐倉と君を見て……ただ同じ営業部というだけではないのだろうと感じました」


「……」


「あの後、もう一度社長室を出て、君達の会話を聞いてしまった」


「え……?」


嘘……。


それって、私と佐倉さんのことが気になったってことだよね?


いつもと変わらない冷静な顔だったのに。


「佐倉が君のことを想い、君も……無意識かもしれないが佐倉のことを想っている。短い会話だったが、それが分かった」


私が……佐倉さんを想ってる?


「それから、仕事中、何となく君達二人の姿が頭の中を過って。つまらないミスをしてしまった」


私のことで、社長がミスをした?


信じられない……。


私と佐倉さんのことが、そんなにも社長を乱したの?


「どうやら酔ったようですね。いつもなら、ボトルを一本空けても酔わないんですが」


彼は自嘲気味に笑った。


そして、グラスに残った赤ワインを飲み干すと、ソファから立ち上がる。


「……触れられたくもない男と一晩過ごすのは、苦痛でしょう。家まで車で送りたいところですが、飲んでいるので運転出来ません。下にタクシーを呼びます」


そう言って東条社長はクローゼットに行くと、私のコートだけ取り出し、私に手渡した。


そのまま入り口のドアに向かって廊下を進む彼の背中を見つめていた後、私は、その腕を後ろからつかむ。


「どうしました?」


「あ、あの……。私、帰るって言ってません」


「……」


私の言葉に、東条社長は少しだけ驚いた表情を浮かべた。言った私自身、自分の言ってしまった言葉に驚いている。


彼の漆黒の瞳が、私の次の言葉を待つように見つめてきた。

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