第61話 甘い駆け引き
「白石 菜々美ですか」
フルネーム知ってるんだ……。何となく不安が過る。
「菜々美とは、何かあったんですか?」
お願い……何もないって言って?
「白石 菜々美のことは……」
鼓動が速くなる。
「彼女のことは、彼女自身に聞いてください。いろいろあったが、それは私の口から伝えることではない」
予想してなかった答えに、私は小さく驚いた。立花さんのこと、あんな風に答えたから、いい答えでも悪い答えでも、はっきりと言ってくれると思ったのに。
そんなことを思っていると、不意に東条社長が、もう一つあった空のグラスにワインを注ぎ始める。
「あの、私、お酒は……」
元々飲めないし、飲んでしまったら帰れないかもしれない。
そんな私に、社長は言った。
「今度は、私から君に聞きましょうか」
え……私に?
「営業部の佐倉 一樹とは、どういう関係ですか?」
「……!」
佐倉さんのこと、聞かれるなんて……。
先週の土曜日、車で二人で出掛けたこと、そして、キスしかけたシーンを思い出したけど、それを頭の中で振り払う。
「さ、佐倉さんは、ただ同じ営業部の同僚で……」
「ただの同僚が、社長室にまで怒鳴り込んでくるでしょうか?」
東条社長はそう言うと、今注いだばかりのワイングラスを私の手に持たせた。
「せっかくだから、少し飲みませんか?」
あまり気は進まなかったけど、佐倉さんのことの後ろめたさからワインを飲む。
「美味しいですね……。葡萄の味がすごく濃くて」
「ブルゴーニュ・ピノ・ノワールです」
全然飲まないから、ワインは赤、白、ロゼしか分からない。
「では、佐倉 一樹とは何もないということですか?」
ワインを味わうのも束の間、また話題が戻される。
「は、はい……」
小さく答えて、またワイングラスを手にした時、社長の指先が伸びてきて、私の顔を上向かせた。
「フェアじゃありませんね」
彼の甘く低い声が響く。
「葵とのことを正直に答えたのに、綾瀬さんは」
そこまで言うと、不意に彼の唇が私の唇に重なってきた。
「……っ」
予想外の行動に、私は抗うタイミングを失って、彼のキスをなすがままに受け入れる。
「ん……っ!」
角度を変えながら、激しく重なる唇に、全身に甘い痺れが広がっていった。
(ワイングラス……落としちゃう……っ)
指先が耐えきれなくなって、思わずグラスから手が離れていく。私が手放し掛けたグラスを東条社長の手がつかみ、テーブルにそっと置いた。
「んぅ……っ」
社長の舌が、私のそれを絡めとる。口の中に、ワインの味が一層広がっていく。
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