第43話 不釣り合いな店

(可愛いお店)


外観は緑と白の色合いで、ドアには赤い木の実と葉のついた金色のベルが掛かっている。


窓越しに店内を見ると、フェルトで作られた動物や果物が、真っ白な壁に飾られていたり、木製のテーブルの上には、小さなランプ型の灯りが置かれていたりと、女性や子供連れに喜ばれそうなカフェだ。



(ここで食事するのかな?)


この間行ったグランドスクエアのバーは、いかにも社長らしいお店だったけど。このカフェは、東条社長のイメージと、何か結び付かない……。


店の中に入って待つか、外で待つか迷っていると、闇の中をライトが照らし出した。


振り返ると、夜と同じ漆黒の車が、私の目の前に止まる。



そして、運転席のドアが開き、東条社長が出てきた。


「待たせましたか?」


微笑みながら、彼は助手席側に回ると、そのドアを開ける。


「どうぞ」


開かれたドアからは、外装と同じく、黒の落ち着いた車内が見えた。


「ありがとうございます」


私が助手席に座ると、東条社長は再び車に乗り、運転席に座る。


「行きましょうか」


彼の声の後、漆黒の車は、夜の闇を走り始めた。


すぐ隣に社長を感じて、胸の鼓動が早まる。


ハンドルを握る手。


薄い闇の中に浮かぶ端正な横顔。


そんな姿を見つめるだけで、心が高鳴る……。


車内からは、仄かに心地よい香りがしていた。ほぼ黒一色の車内には、無駄な物が置かれていなくて、社長らしさを感じる。


(それにしても……この車すごく乗り心地がいいな)


シートの感触が気持ちよくて、ずっと体を預けてると、そのまま眠れそうなくらい。家の車と全然違う。


「食事はまだですか?」


緊張と心地良さが混ざりあった私の耳に、甘く低い声が聞いてきた。


「あ、はい……まだです」


「何か食べたいものはありますか?」


食べたいもの……何だろ?浮かばない……。

菜々美とかといれば、すぐに思い付くのかもしれないけど。緊張があって、何にも浮かばない。



「あの、えっと……な、何でもいいです。社長にお任せします」


「そうですか。では、イタリアンはどうですか?」


「はい、イタリアン好きです。お昼によく食べに行ってます」


「決まりですね」


社長はそう言うと、ハンドルを切った。車が左折する。


「知っている店があります。そこに行きましょう」


再び大通りに出て、明るいネオンが窓ガラスを照らした。


何を話していいのか分からず、ただ社長が時々話しかけてくれるのに、ほとんど頷くだけの時間が過ぎて。待ち合わせ場所を離れて40分程した頃。私達を乗せた車は、海辺のホテルの前まで来た。

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