夜の誘惑はチョコレートの味

第13話 弾む心

仕事を終えて会社を出ると、私は東条社長と待ち合わせしたビルに向かう前に、チョコレートを買うことにした。


やっぱり少しだけ残業になって、今時刻は7時30分近く。それでも待ち合わせの10時までは、まだまだ時間がある。


『私も、ちょうど……君のチョコレートが欲しくなったところだったので』


社長の言葉が、耳に残っていた。


「チョコレート買ってかなきゃ」


私は、会社周辺のビル内のスイーツ店を覗いていく。


でも、美味しそうなケーキはたくさんあるけど、良さそうなチョコレートは、なかなか見つからない。


(それにしても、最初甘いものは駄目なんですって言ってたのに、チョコレート欲しいって……)


もしかして、私の手作りチョコ食べてチョコ好きになったとか?そう言えば、社長は、私の渡したチョコの残りの入った箱をちゃんと持っていってくれていた。


「それって、私のチョコが結構美味しかったってことだよね!」


そう思いながら、一人でニヤつく。


それからスイーツ店でチョコを探したけど、いいのが見つからなかったからデパートに入ろうとした時、鞄に入れてあるスマホが鳴った。


ディスプレイを確認すると、「菜々美」の表示。菜々美には、今夜、東条社長と会うことは言ってない。今日、パスタ屋で菜々美に忠告された手前、今夜の約束のことは話しづらい。


だけど、スルーもな。とりあえず、出よ……。


「もしもし?」


『結衣~。今日さ、流れで女子だけで飲みに行くことになったからさ、あんたも来なよ』


電話越しに、菜々美の機嫌のいい声が響いてきた。


「ご、ごめん……!今日ね、家族と約束してて……今もう帰ってるとこなんだ」


自分でも驚くくらい、スラスラと嘘が出てくる。


『えぇ~そぉなの?つまんない』


「ほんと、ごめん!また誘って?」


『しょ~がないなぁ。今度、結衣のおごりね~!』


「え?あ……うん」


何で、おごらなきゃいけないのか疑問だけど、そう答えた。


『んじゃ、またね』


「あ、うん。お休み~」


電話を切った後、ふぅとため息をつく。


(私……何か、すごい嘘が上手くなってる)


さっきの社長からの電話といい、佐倉さんに言ったデタラメといい。何の取り柄もない私の唯一の長所が、正直なとこだったのに……。


人って、こんなに呆気なく変われるものなの?


そんな自分自身に驚く。


結局、デパートでチョコレートを買った後、そのままカフェで約束の時間まで過ごした。


「そろそろ行こうかな……」


テーブルに置いたスマホを見ると、午後9時30分。私は伝票を手にすると、支払いを済ませ、店を後にする。


デパートの入ったビルから外に出ると、肌寒い空気が服の隙間から入ってきて、思わずコートの襟をきゅっと寄せた。夜の街は、仕事帰りの人達と大学生らしき子達で溢れている。


そんな雑踏を抜けると、約束の場所のグランドスクエアが見えてきた。


このビルは知っていたけど、中に入ったことはない。


「高いな……」


45階建てのビルを間近で見上げると、首が痛くなった。

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