第38話 知らなかった想い

佐倉さんに渡された書類から視線を外す。


(彼女も、私にライバル意識持ってる……?うっとうしいのかな、私が)


どう考えても、私より社長に釣り合ってるように見えるけどな。


でも、社長が立花さんを利用して、この会社を手に入れたって噂があると、佐倉さんが言ってた。


社長は、彼女のこと利用する相手としてしか見てないけど、彼女は本気で、社長を好きとか?



「あ……っ」


また間違えた。入力ミスの数字を消す。


ダメだ……なるべく考えないようにしなきゃ。これじゃ、無限ループだよ……。


でも、結局、立花さんへの思いと業務の狭間で、ずっとモヤモヤしたままの一日だった。




「で、佐倉とはどうだったの~?」


ワインを一口飲んだ菜々美が、形のいい大きな瞳で、私を見つめながら聞いてくる。菜々美の外回りが終わって、二人で会社の近くの店に、晩御飯を食べに来た。


「どうって……何もないよ」


「ナニ、その返答。つまんない」


「え、いや、面白くする意味が分からないんだけど……」


「佐倉の方から呼び出されて、何もないってことないと思うんだけどな」


菜々美が妙な言い方をした。


「どういう意味?」


不思議そうに聞き返すと、菜々美が眉根を寄せる。


「ほんっとに分かんないの?」


「……?」


菜々美が苦笑した。


「これ、うちの課の人間なら、みんな知ってると思うけど」


妙にニッコリ微笑んだ菜々美が続ける。



「佐倉は結衣のこと好きなんだよ」


思いもよらない発言に、目を見開いた。


「……え!?うそ!?」


「いや、どこをどう見ても。これでもかっていうくらいわかりやすく」


「そんなっ。だって、昨日だって、そんなこと一言も言われなかったよ!?」


「ん~。アイツが伝え下手なのか、結衣が鈍すぎるのか。両方かな?」



そんな……。


全然今まで気づかなかった。


じゃあ、昨日呼び出されたのは、単に社長とのことを注意するだけの思いじゃなくて?



『関係あるよ』


不意に、そう言った佐倉さんの目を思い出す。いつもと違う、真剣な視線だった。


あの言葉は、私を好きだから?


「……社長と私が会ってるとこ、見たんだって。佐倉さん」


私の言葉に、菜々美が、飲みかけのワイングラスを止める。


「えっ、見ちゃったの?」


私が頷くと、菜々美は「なるほどね」と呟いた。


「佐倉が結衣を呼び出したのは、結衣と東条社長が急接近して焦ったからじゃない?」


菜々美の綺麗な指がグラスを揺らす。


「ずっと近くにいたあんたが、自分から離れてしまいそうで」


「……」


菜々美の言葉に、何も返す言葉が浮かばず、私は黙って聞いていた。


「で、どうするの?」


「……え?」


聞かれた意味が分からずにいる私に、菜々美は赤ワインを飲んだ後、言う。



「東条社長と佐倉。どっちにするの?」


「なっ……。ど、どっちにするって、そんな話どこからそうなって……」


「なるわよ、これから。いや、もうなってる」


そう言うと、菜々美は手持ちのワイングラスを私の目の前に置いた。

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