第39話 ワインと水

「一人は、好きで仕方ないけど、何を考えてるのか分からないミステリアスな男」


菜々美はそう言うと、水の入った私のグラスを赤ワインのグラスの隣に置く。


「もう一人は、自分のことを今まで好きでいてくれて、大切にしてくれそうな男」


そして菜々美は、二つ並べたグラスから私に視線を移した。


「どっちを選ぶ、結衣?」


そんな……。二人から選べなんて。そもそも、何でそんな話になるのよ?だって、私は、佐倉さんをそういう風に見てない。私が好きなのは……。


「もう、菜々美考えすぎだよ」


私は苦笑した。


「佐倉さんのことは、好きとかじゃないから」


そう答えて、私は赤ワインの入ったグラスを菜々美の前に戻す。


「ふーん……」


菜々美は戻されたワイングラスを再び持った。


そして、ワインを飲み干すと、彼女が突然言う。


「スマホ貸して」


「えっ……?」


何で、スマホ?


疑問だけど、バッグからスマホを出し、菜々美に渡した。菜々美は受け取ったスマホを何か操作し始める。


「ちょっと……菜々美、何やって?」


すると、菜々美はスマホを耳に当てた。


(えっ……電話かけてる?)


少しして、菜々美はスマホを離すと、私にスマホを返す。


「あの、菜々美?」


受けとりながら彼女に聞くと、一言。


「かけたよ」


「え、誰に?」


「東条社長に」


「……!?」


ええぇえええ~!?


何で東条社長に、電話かけちゃうの!?


「ちなみに、まだ繋がってるよ」


「えっ!?や、やだ……っ!!」


テンパった私は、手にしていたスマホの通話を慌てて終了した。


「もう、菜々美何やってるのよ……っ」


私は息を荒くしながら言う。焦ってる私とは対照的に、菜々美は優雅にワインボトルを傾けて、空のグラスに注いだ。


「まだ呼び出し音鳴ってただけだから」


「で、でも、着信履歴残っちゃうじゃない!」


「知りたいんでしょ、彼の気持ち」


「……っ」


「だったら、こっちも仕掛けるしかない」


グラスから、菜々美の鮮やかな唇に、ワインが吸い込まれていく。


「これは、ゲーム。仕掛けなきゃ進まないわよ?」


「そんな、ゲームって……」


「だって、選んだんでしょ、結衣は」


そこまで言って、菜々美はどこか悲しそうな表情で、唇から離したグラスを見つめる。



「危険な恋の方を」



(菜々美……?)


私は、この時知らなかった。


彼女の心の中の闇を……。

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