第59話 分からない行動

それから、しばらくすると、高層のホテルの地下駐車場に入り、車が停まった。


車から降りて、ホテルのエントランスから中に入ると、足元には、歩き心地のいい深紅の絨毯が敷かれ、天井には眩い光を放つシャンデリアがある。


東条社長は、フロントに向かうと、カードキーを受け取り、そのままエレベーターの方へと向かった。


(え……っ?)


私は戸惑って、東条社長の背中越しに聞く。


「あ、あの、東条社長!」


「何ですか?」


振り向いた社長が言った。


「えっと、その……ホテルのバーとかで話すんじゃないんですか?」


「明日は仕事があるので、このホテルを取っていたんです」


「そ、そうなんですね。でも、あの、私が部屋に行くのは……」


「何か、問題でも?」


さらりと社長は返したけど。


問題、大アリだと思うよ……。


だけど、私の焦りは関係なく、エレベーターが一階に着き、ドアが開く。


「あ、あの……っ」


戸惑う私の前で、東条社長は、エレベーターに乗った。


「早く乗らないと、閉まりますよ?」


「えっ、あ……」


そう言われて、思わず乗ってしまう。エレベーターが上がって行くと、ガラス張りの向こうに、地上がどんどん遠ざかっていくのが見えた。煌めくイルミネーションが細かくなっていく。エレベーターは53階で止まった。


「こちらです」


迷うことなく進んでいく社長の背中を躊躇いながら追っていくと、予約していた部屋の前で、彼が立ち止まる。


カードキーでドアのロックを外すと、社長が言った。


「どうぞ」


「……は、はい」


動悸が激しくなりながらも、私は、その部屋に足を踏み入れる。広い玄関を抜けると、ゆったりとしたリビングに出た。


家具はシックな色合いでまとめられていて、大きなガラス窓からは、美しい夜景が一望出来る。東条社長は、羽織っていた黒のコートを脱いで、手にすると言った。


「綾瀬さんのも預かりますよ」


「は……はい」


私もベージュのコートを脱ぐと、彼に手渡す。クローゼットにコートを掛けに行く東条社長の背中を見た後、改めて部屋を見回した。


このホテルは57階が最上階になってたから、たぶん、この53階って、スイートだ。スイートなんて、初めて……。部屋の中が広くて、ホテルというよりもマンションみたい。


東条社長が、また戻ってきて、私に聞いた。


「私はルームサービスを頼みますが、何か欲しいものはありますか?」


「あの、何かソフトドリンクだけ……」


「分かりました」


そう言って、社長は、オフホワイトの表紙のメニューを開き、少しだけ目を通した後、備え付けの電話で、フロントに注文をする。


「座りましょうか」


社長に言われて、私達はベージュの長いソファに座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る