疑惑

第71話 戸惑い

「子供って……あの人、独身だよね!?」


「まさか……バツイチとか!?」


次から次へと想像のつきない彼女達のおしゃべりに、私は完全に足止めをくらう。


「今独身のはずだし、過去の離婚歴も聞いたことないよね!?」


そこで、茶髪のセミロングの女子社員が言った。


「隠し子じゃない?」


「は……!?隠し子!?」


数人の女子がハモる。


「隠し子って……芸能人じゃないんだからさ!それはさすがに……」


「いや、あの人なら、ありえそうじゃない?」


(そ、そんな!?まさか……)


あまりにも衝撃的な話に、化粧室の入り口で立ち尽くしていると。


「貴女達!ここは、溜まり場じゃないわよ!!」


突然響き渡る声に、そちらに視線を向けると、不機嫌そうな表情の楠田 敏子さんが女子社員達を睨んでいた。


「休憩時間じゃないんだから、こんなところで、おしゃべりしてないで、それぞれの持ち場に戻りなさい!」


腕組みして怒鳴る楠田さんに、すみませんと言って女子社員達が黙る。


そして、化粧室を出て行った。


「貴女も、ぼーっと突っ立ってないで早くデスクに戻りなさい。外線が今立て込んでるんだから!」


「は、はい……」


そう答えると、私も化粧室を後にする。



『東条社長に、子供がいるっていう噂』



デスクに戻ってパソコンを打っていても、さっきの化粧室での女子社員の言葉が耳に残っていて離れなかった。


秘書の立花さんと付き合っているだとか、取引先の社長令嬢と付き合っているだとか……そんな噂なら過去に聞いている。


でも、子供がいるなんて噂は始めてだ。


そんなことを考えていると、外線が入る。周りを見ると、みんな手が離せない様子だ。私は固定電話の受話器を取る。


「お電話ありがとうございます。株式会社リベラル営業部綾瀬でございます」


電話応対しながら、私の頭の中は東条社長の噂で一杯だった。


『隠し子じゃない?』


今独身なのは確かだけど、過去に結婚してた?


でも、彼から、そんなこと聞いたことがない。


それとも結婚歴はないけど、相手の女性が子供を育てて……?


いろんな妄想が浮かんでは消えていく。


「あの、話聞いてます?」


電話口に響いてきた不機嫌な声に、ハッとして我に返った。


「は、はい、聞いております」


私の焦った声に小さなため息を漏らすと、相手はまた話始める。


(ダメダメ、今は仕事中。仕事に集中しないと……)


なかなか消えない妄想を必死に頭の隅に押しやりながら、私は一日の業務をこなした。

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