第53話 押さえきれない想い
「ん~、本命はないなぁ。でも、この人には、ちょっといいのとか。あの人には、1ランク上とか。それぞれランクはあるわよ」
菜々美のサバサバした言い方に、胸の奥が小さく軋む。
「何で、そんなに割りきれるの?」
「結衣?」
思わず出た言葉に、菜々美が驚いた。
そう、菜々美に当たるのは間違ってる。
だけど。
「そんな恋愛って、楽しい?」
「……結衣」
アーモンド型の綺麗な菜々美の目が、揺らいでいるのに気づいて、私はハッとする。
「ご、ごめん……」
彼女に謝った時、斜め向こうのデスクの椅子が引かれる音がした。
「おはよ。綾瀬、白石」
声の方に視線を向けると、スーツ姿の佐倉さんが出社してきた。
「おはようございます……」
挨拶をしながら、昨日、重なりかけた彼の唇を思い出して、私は小さくうつ向く。
「あ、佐倉さぁ。来週の会議なんだけど」
聞きたいことがあるらしく、菜々美が佐倉さんのデスクの方へ行った。私は、自分のデスクのパソコンを立ち上げる。
その後、営業部の今日の勤務表を確認した。
佐倉さんの表を見ると、今日は、この後、外出で直帰になっている。
朝礼が終わり、そのまま席につく社員や、フロアを出ていく社員など、それぞれの今日の業務を開始した。私はまず、メールをチェックしていく。少し経って、喉が乾いたので、給湯室でお茶を注いでこようと思って、席を立った。
フロアを出ると、佐倉さんがエレベーターの前に立っていて、ほどなく来たエレベーターに乗るのが見える。
(あれ……?)
外出だから、てっきり1階に降りると思っていたのに、エレベーターの階数表示が、どんどん上に上がって行った。
(どこに行くの、佐倉さん?)
そして、ある階数まで上がって、そこで止まる。
(えっ?)
それは……社長室のある階。
不意に、昨日の佐倉さんの怒った横顔が浮かんだ。
『……フザケんな』
そう言った彼の顔は、それまで一度も見たことのないほどの怒りを滲ませていた。
「まさかね……」
そう呟いてみたけど。単なる営業の一社員が、社長室に用事があるとは考えられない。
私は、足早にエレベーターの前に行くと、急いでボタンを押した。すぐ降りて来て欲しいのに、こういう時に限って、違う階数に止まって、また上に上がって行ってしまう。
私は、エレベーターを諦めて、階段に向かった。
そして、社長室の階を目指して、走りながら上がっていく。ヒールで、こんなに走るのは久しぶりで、足首が痛んだけど、嫌な胸騒ぎに、私は全力で駆け上がった。
「はぁはぁ……!着い、た……っ」
息が切れて苦しくなった頃、やっと社長室の階にたどり着く。
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