揺れる心
第36話 動揺
「東条社長……」
貴方にとって、立花 葵って何ですか?
それから……。
私は、貴方にとって何ですか?
不意に風が吹いてきて、私は薄手のコートの襟をぎゅっと握った。
「……」
私は、手にしているスマホを見つめる。
東条社長にかけた発信履歴の画面を出した。
冷たい画面を指がさ迷う。
(何……考えてるの、私)
確かめたい。今すぐに……。
それが本音。
だけど。
そんなことして、どうなるのよ?
仕事だったら?
ただ邪魔なだけ。
プライベートだったら?
それも、邪魔なだけ。
「何か、私……」
今、すごく嫌な女だ。
私、こんなキャラだったっけ?
止めておこうと思うのに、指先が画面から離れてくれない。
(どちらにしたって、私は)
そんなこと問い詰める立場じゃないんだ。
二人で会ったのは、まだたったの二回。
キスはしたけど……付き合うとも、まして好きとも言われてない。
なのに、立花さんと一緒にいるんですかとか、いちいち聞かれても、うっとうしいだけじゃない?
と、頭の中で、グルグル考えてるうちに、思わず画面内の通話ボタンを押してしまった。
「あ……!」
私は焦って、すぐに通話終了にした。
「はぁ……」
ほんと何やってるんだろ……。
(もう、いいや)
今、二人が出てきた会社のビルに戻るのが嫌で、私は元来た道を戻り始めた。
帰りの電車の中でも、家に帰ってきてからも。
二人の姿が、頭から離れなかった。
翌朝。
寝不足と、モヤモヤした気持ちのまま出社する。
家にメイク道具がないから、ほとんどノーメイクで。
「はぁ……」
何か、みじめな自分にため息が零れる。
会社に着いて、足早にロッカールームに向かった。
そして、置き忘れたポーチを手にすると、洗面所に行く。
「誰も来ないうちに、メイクしちゃお」
私は、一番奥の洗面台の前に立つと、家から持ってきた洗顔フォームで顔を洗った。
冷たい水が、寝ぼけた頭を少しだけクリアにする。
洗い終わって顔を上げた、その時だった。
洗面所の入り口から、ヒールの音が聞こえてくる。
(誰か来る!)
スッピンなので、何となく顔を背けた。
カツカツと靴音は、どんどん近づいてきて、私の隣で、ピタッと止まる。
(他も空いてるんだから、隣に来なくてもいいのに……)
そう思った時だった。
「あら、綾瀬さん」
不意に声を掛けられて、思わず顔を上げる。
(えっ……)
隣にいたのは。
「いつも、こんなに早いの?」
そう言うと、彼女は妖艶な微笑みを浮かべた。
私の隣に来たのは……。
立花 葵だった。
私は、タオルで顔を拭いてから答える。
「……いつもじゃないです」
今日は、他の人達が来る前に、ポーチ確認してメイクを済ませたかったから、早く出社しただけだもん。
「立花さんこそ、何でこのフロアにいるんですか?」
ちょっと突っかかるような言い方になった。
立花 葵は、そんな私にも余裕な雰囲気で、鏡を見ながらメイク直しを始める。
「社長に頼まれた資料を取りに来ただけよ」
そう答えた後、彼女はコンパクトを仕舞うと、今度は口紅を取り出した。
事実を言っただけなんだろうけど、社長って言葉が、私の神経を逆撫でする。
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