見えない本心
第47話 見えない本心
(分からない……)
顔を上げると、熱いシャワーが瞼や頬に降り注ぐ。
肌は体温を上げていくのに、いつまでも体の芯が冷えきっているような……そんな感覚を覚えた。
濡れた長い髪を両手で掻きあげる。
あれから、東条社長に、自宅の最寄り駅の近くまで車で送ってもらって別れた。表情が強ばっていた私と違い、彼の表情は別れるその時まで全く変わらなかった。
(どうして……?)
シャワーの音を聞きながら、心の中で、もう何度繰り返したか分からない疑問を繰り返す。
私はシャワーを止めると、浴室を出た。バスタオルを頭から掛けて、洗面台の鏡に映った自分を見つめる。
今夜のデートが始まる頃の嬉しそうな顔とは正反対の、ひどく戸惑う顔が、そこにはあった。
家着を着ると、濡れた髪も乾かさないまま、洗面所を出て、2階の自分の部屋に行く。
そして、ベッドの上に倒れた。スプリングが、体を何度か押し返す。布団に顔を埋めた。
『好きになりました』
低くて甘い声が、記憶の中で再生される。
だけど、あの後言われたのは、予想しない言葉だった。
「これからも、こんな夜を二人で過ごすために、守って欲しい約束が一つだけあります」
「……約束?」
不意に言われて戸惑う私に、東条社長は言った。
「それは、お互いを深く知ろうとしないこと」
「……!」
驚いて言葉を失う私。
「簡単なルールでしょう?」
そう言った彼の表情は、どこか無機質で、感情が見えなかった。
……深く知ろうとしないって、どういう意味?必要以上に踏み込むなっていうこと?
好きだったら……知りたいと思うのが当然じゃないの?
「ねぇ、結衣。そんな相手と、上手く恋愛出来るの?最後に傷つくだけじゃない?」
菜々美に言われた言葉が、不意に浮かんでくる。
(優しい言葉は、みんな上部だけのものだったの?)
私が、ただ舞い上がって冷静さを失ってただけ?そうだよね……。私みたいな単なる社員が、あんな人と釣り合うはずがないもん……。
やっぱり、立花 葵さんが本命の彼女なんじゃ?
考えれば考えるほど、悪い結論しか出てこなくて、私はそれから逃れるように、布団を頭から被った。
同時に電話を掛けてしまったと知った時。何の根拠もないけど、運命を感じた。そんな浅はかな自分が悔しくて……。
東条社長にではなく、自分自身の嫌悪感に苛まれながら、私は、少しずつ眠りの淵に落ちていった。
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