チョコレートオフィス

月花

始まりはチョコレートの味

第1話プロローグ

フロアの時計を見上げると、午後10時50分。一人っきりのオフィスは昼間の熱気も消えて、少しひんやりしている。


普段、私はこんな時間までオフィスにいない。残業することもあるけど、こんなに遅くまでは残らない。


今夜、私は『ある人』を待っている。


噂によると、『その人』は夜の11時に社内を一人で見回りに来るらしい。


最初は、そんなのただの噂って思ってたけど……。『その人』にどうしても会いたくて、私はこの噂にかけた。


一応、プレゼン用の資料作りも兼ねての残業だけど。実際は『彼』に会えるかもしれない期待と緊張で、デスクのパソコン画面も、あんまり目に入ってこない。


『あの人』を初めて見たのは、入社式の日。


ダークグレーのスーツが、180センチ程ある長身によく映えていた。


切れ長な瞳に、整えられた黒い髪。


彼が、入社式の会場に現れた瞬間。そこにいる誰もが、彼に目を奪われたと思う。数えきれない程の新入社員のいる場で、『彼』からは、溢れる自信と圧倒的なカリスマ性を感じた。


その日から、私の中で『彼』は特別な存在になった。


同じフロアにいるわけでもない、直属の上司でもない。ほとんど会えるわけじゃない……。そう頭では分かっていても、私の心は、出社する度に『彼』の姿を探している。


入社してから今までの間、ほんの数える位だけど、『彼』と会ったことがある。会うと言っても、私が遠くから一方的に見てるだけなんだけど。


それでも、そんな風に『彼』を見ることが出来た日は、それだけで1日幸せな気持ちで過ごせる。


『彼』は同じ会社にいるけど、絶対に手の届かない人。見つめることが出来るだけで。ただ、それだけでいい。


そう思っていた私が、今夜こんな大胆な計画を実行することになったのは、同じ会社に勤める菜々美ななみの一言だった。

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