第30話 二人きりの飲み

今までは、東条社長は、ただの憧れの存在だったから、隣に立花さんがいても、特に気にしなかった。


だけど、東条社長と二人きりで会って。


彼にとってどうであれ、私の中では、「憧れ」から「好き」に変わった今は……。


立花さんの存在に、淡い嫉妬を抱いてしまう。



(そう言えば、噂聞いたことあるよな……)


それは、東条社長と、秘書の立花さんが、密かに付き合っているというもの。


社長と秘書なんて、そんな風に言われるものかな、くらいに思ってたけど。


社長とあんな関係になると、立花さんとの噂が、気になる。


その時、スマホの着信音が鳴った。




「混んでんなぁ~」


テーブルの向かいに座る、佐倉さんが呟く。


「ちょうど、みんな仕事終わった頃ですもんね」


メニューを見ながら、私は答えた。


スマホの着信は、佐倉さんからで、職場の最寄り駅の近くで飲もうということになって、今、私達は、チェーン店の居酒屋にいる。



「何でも好きなもん、頼めよ?今日は奢るからさ」


「ありがとうございます。じゃあ、大根サラダと、だし巻き玉子と、ベーコンのアスパラ巻きで」


「OK。で、飲みもんは?」


「オレンジジュースを」


「……」


「何か……変なこと言いました、私?」


なぜか、佐倉さんが固まったので聞いてみた。


すると、佐倉さんは、深いため息をつく。



「綾瀬……お前な。居酒屋来て、最初からソフトドリンクって、どうよ?」


「だって、私飲めないんですもん」


「知ってるけどさ……。けど、最初だけでも、何かアルコール頼めよ?」


そう言って、佐倉さんは、カクテルの載ったメニューを広げて、私の方に向けてきた。


(……何にしよ?)


色とりどりのカクテルの絵を見ながら、迷う。


何となく、社長が選んでくれたカクテルを探したけど、見当たらなかった。


「じゃあ、カルーアミルクを」


「分かった」


それから店員に、佐倉さんが注文をする。



「あの、佐倉さん」


「何?」


「今日、どうして、私を誘ったんですか?」


「んー。まあ、いっつも仕事頑張ってるから、たまには先輩として、奢ってやるかなと思ってさ」


「……」


本当に、それだけかな?


普段から、こうして個人的に飲みに行く仲でもないし。


何か、話があるような気がするんだけど……。



「お、来た来た」


程なく、私達の席に、生ビールと、カルーアミルクが運ばれてきた。


「じゃあ、お疲れ。とりあえず、乾杯!」


「乾杯」


佐倉さんのジョッキに、私のカクテルグラスを軽く当てる。

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