第11話 止められない気持ち

「はぁ……」


お昼から戻ってきて、何度目か分からないため息をつく。


(駆け引きとか……そんなの分かんないよ)


今まで付き合ってきたのは、二人。


一人目は、高校の時の、部活の先輩。すごく穏やかな人で、喧嘩もほとんどなかった。卒業して、別々の大学に行って。最初はメールしたり、時々会ったりしてたけど。そのうち何となく自然消滅。


二人目は、大学の時のサークルの先輩。


男女共に好かれてて、一緒にいると、いつも楽しかった。大学生だし、結婚を意識しないわけでもなかったけど……。卒業して、彼は東京の企業に、私は地元関西の企業に入社して、これもまた、いつしか自然消滅。


二人とも浮気とかしなかったし……いや、厳密に言えば、本当はどうだったか分からないけど。とにかく揉めるようなことはなかった。


二人とも、私のことをとても大切にしてくれていたと思う。周りの女の子達が、二股かけられただの、もう別れるだのと騒いだりするのが、よく分からないくらい穏やかな交際だった。


(それなのに……)


なんで、東条社長みたいな人を本気で好きになっちゃったんだろう。


確かに、ああいう強い人に私は弱い。


でも、彼みたいなタイプの男性は、今までは単なる憧れの対象としての存在でしかなかった。


私は、東条社長との時間を思い出し、唇と体に熱の記憶が蘇ってくるのを感じる。


休みの土日の間……。もらった彼の番号に、何度も電話したい衝動に駆られた。



『会いたくなったら』



そうは言われたけど、いくらなんでも金曜日の夜に会って、また土曜とか日曜って、すぐ過ぎるし。だいたい、休みの日に掛けていいかも分かんなかった。私から番号を渡したわけじゃないから、連絡を取るなら、私からするしかない。


こんなことばっかり考えてる間に、どんどん時間だけが過ぎていく。


(ちょっとだけ席外して、電話しちゃうとか……?)


そう思ったけど、私は内勤だから、スマホで電話してたら私用ってバレるし……。


フロアの壁掛けの時計を見ると、もう夕方の4時ちょっと前。ずっと頭の中は、こんな風に行ったり来たりの繰り返しで、今日中に終わらす予定の入力作業がまだ終わっていない。


こんなことなら、昼休憩の間に掛けてみちゃえば良かったな。


「……」


私は、ふとデスクの電話を見た。


(これで掛けちゃえば……席立たなくて、すむよね)


一瞬、過ったバカな考えに、頭を振って否定する。


(あはは。何考えて……)


そう思いつつも、手が勝手に、会社の電話に伸びていく。


(万一、繋がっても……)


すぐに切っちゃえばいい。


あの声が聞きたい。


今、すぐに……。


私は会社の電話の受話器を取ると、もう覚えてしまった社長の番号を押していく。


『♪♪♪♪♪♪♪♪』


耳に響く呼び出し音。


その音と重なるように、心臓が大きな音を立てる。


そして、少しだけ続いた呼び出し音が止まった。


(東条社長……)


私は、空いた片手をぎゅっと握ると、彼の声を待つ。


けれど、私の耳に聞こえてきたのは……。


『ただいま、電話に出ることが出来ません。ピーッという発信……』


冷たく流れてくる留守電に、私は電話の受話器を置いた。

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