第21話 エレベーターキス
「じゃあ、私も」
全部、社長に渡すつもりだったけど、実はちょっとお腹が空いていた。
私がチョコレートを取ろうとした、その時。
不意に、私の顔に向かって東条社長の腕が伸びてくる。
(えっ……?)
そして、私が背中を預けているガラス張りのエレベーターの壁に、東条社長の片手がついた。
「あ、あの……?」
急激に高まる鼓動を感じながら、彼を見つめ返すと。
「アクアリウムが見たいから、あの席にしたなんて、嘘でしょう?」
思ってもみない言葉に、酔いが覚めそうになった。
そんな私の動揺を見透かした漆黒の瞳は、真っ直ぐ私を捉える。
「あの後ずっと君のことを見ていましたが、たいしてアクアリウムなど見ていなかった」
彼の唇が、妖しい微笑に歪んだ。
「そんなに怖いですか、私が。それとも……」
彼の顔が近づいてきて、その唇が、私の耳元で囁く。
「流されそうな自分自身が……?」
耳にかかる熱い吐息に、背筋にぞくりと戦慄が走った。
彼は、私の手に自分の手を重ねると、チョコレートの箱の蓋を閉じ、私のバッグにそっと仕舞う。
「可愛いですよ、綾瀬さん。私が電話で言ったからと、わざわざチョコレートを買いに行ってくれて」
心臓が破れるくらい早鐘を打った。
「でもね。私は、ただチョコレートを食べたいわけじゃない」
闇色の瞳に魅入られたままの私に、彼が告げる。
「私が欲しいと言ったのは……こういうことです」
言い終わると、東条社長の指先が、私の唇に伸びてきた。
そして、その親指が私の唇に触れて……指先に挟まれていたチョコレートを口の中に押し入れる。
生チョコの苦さと甘さが、口の中に広がってゆく。
そして、彼の指が、私の顎を掬うと……。
彼の唇が、私の唇に重なってきた。
「……!」
突然のキスに、驚いた体がびくりと跳ねる。
唇が触れあったかと思うと、あの夜と同じように、社長の舌が口の中に入ってきた。
「……っ」
でも、あの時みたいに、私の唇からすぐに離れていかず、抵抗出来ない私を見透かしたように彼の舌は奥まで入ってくる。
「……んっ!」
元々アルコールで、頭がぼうっとしていたところに……突然のキス。
簡単に途切れる思考回路。
抗う力も。
その気持ちもない。
今夜会ったら、こんな風になることを。
どこかで分かってたはずなのに。
(この人は……全部分かってるんだ)
私の小さな駆け引きなんて、彼には通用しない。
したところで、きっと全部崩されるだけ。
「……っ」
経験したことのない激しいキスに、私の体はただ従うしかない。
二人の熱で、チョコレートが溶かされていく……。
両足から力が抜けて、崩れそうになった私の腰に、すっと社長の腕が回る。
彼のコートの腕に、思わずしがみついた。
今までの、どんな記憶でも。
こんなキスを私は知らない……。
全身が、甘い蔦に絡めとられたように動けない。
チョコレートと一緒に、心も溶けて……。
いつまでも続くような時間だったけど、エレベーターが1階に着いた。
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